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言葉の力を感じた舞台〜【Stage】深作健太演出『ドン・カルロス』

 何十年振りかの紀伊國屋ホール(!)で、深作健太演出のドイツ三部作の最終作『ドン・カルロス』を鑑賞。我々クラシック・ファンにとって『ドン・カルロ』といえばヴェルディのオペラなわけですが、元はフリードリヒ・シラーの戯曲。今回はシラーの戯曲を大川珠季さんが翻訳・再構成し、7名の登場人物(役者は6人)による「普遍的な〈家族〉の崩壊劇」(深作さんのプログラムノートより)へと仕立てられました。

 物語は16世紀スペインですが、セットも衣裳も歴史的なものではなく、現代性を感じさせるもの。舞台上には十字架が繰り抜かれた灰色の壁を斜めに切り取られたように設置。道具立てとしてはシルバーの長方形のテーブルが2台と何脚かの椅子が置かれているのみ。衣裳は基本が白と黒で、登場人物ごとにドイツ語の単語が書かれています。カルロスは「Hoffnung(希望)」、エリザベートは「Freude(喜び)」、エボリ公女は初めは「Lüge(嘘)」で後半は「Liebe(愛)」、ロドリーゴは「Freiheit(自由)」、フェリペ2世は「Mensch(人間)」、司祭ドミンゴは「Gericht(裁き)」、そして最後に登場する宗教裁判長は「Gott(神)」。さらに劇中、壁に登場人物たちがペンキで言葉を書き殴るシーンがありますが、「Freiheit」のほかに「Plus Ultra」「Love and Peace」「Fuck」などの文字が残ります。

 こうした仕掛けからも感じましたが、「演劇」というのはやはり「言葉」なんですね。それは「オペラ」が「音楽」であることと対照的です。そして、オペラも演劇も手がける深作さんはその違いをかなりしっかりと感じており、それが演出にも表れていると思いました。確かに深作演出のオペラは饒舌ですが、「言葉」によらずに意味を重ねていく手法は決して音楽を阻害しない。それに対して演劇においては、徹底的に「言葉」そのものを追求していく。特にこうした翻訳劇の場合には、もともとの言語(この場合はドイツ語)が持っているニュアンスをどう日本語に置き換え、さらにそれを視覚的に見せるのかが重要になるのだと思いますが、そのあたりをかなりねちっこくやっているように見受けられました。例えば、牢に囚われたカルロスの元にロドリーゴがやってくる場面。ロドリーゴはなんとマックのハンバーガーを持ってきて2人でそれをムシャムシャと食べるのですが、これは「ハンバーガー=自由の象徴」な訳で、オペラであれば「音」がそう描いているところを言葉と演技で伝えなければならない。せっかく食べていたハンバーガーを捨てるところもそうです。自由への信頼と揺らぎ、未来への不安、勇気…そうした感情をもうこれでもか、というくらいに見せつけてくる。なるほど、演劇というのは不自由で、またその不自由さにこそ醍醐味があるのだなあと感じました。

 そういえば、徹底的にモノクロに支配された世界の中で、鮮やかな色彩をまとうシーンが2か所あります。ひとつは、エリザベートとエボリ公女登場のシーンで、ふたりはカラフルなトレーニングウェアを身につけてヨガをしてみせる。もうひとつはラスト、エリザベートとカルロスが手に手をとって逃げようとするシーンで、ふたりはサイケデリックなほど極彩色の衣装になっています(ちなみにこの時、エリザベートは赤ん坊をビヨルン的な抱っこ紐で抱えています)。「自由」に向かって一歩を踏み出そうとする人間の姿。目にも鮮やかな彩りは、「自由」のもつ輝きをはっきりと印象付けるものでした。

 この芝居のテーマは、つまり「人間にとっての自由の大切さ」です。途中でヒトラーの演説を紛れ込ませているのもそうした意図によるもの。分断の時代にあって、人としてもっとも大切にすべきものは何か。ラストの少し前に登場人物全員が声を合わせて「前進せよ!」と叫ぶのは、たとえ阻止されても(もしかしたら銃弾に倒れることになったとしても)「自由」を手に入れるための歩みを止めてはならない、とい深作健太の主張だと受け止めました。

 私は演劇にはそれほど明るくないので、個々の俳優の演技については批評する術を持ちませんが、個人的にいちばん印象に残ったのはエリザベートを演じた愛原美花さん。日本語としての意味やニュアンスに応じて声の響きや高低、アクセントなどに非常に気を配っており、これだけ言葉が氾濫している舞台の中での彼女の「声」がもつ力に惹きつけられました。演劇の音楽というのはいつも「付け足し」的な感じがしてしまうのですが、今回の舞台では冒頭の足音や赤ん坊の鳴き声から、挟まれるベートーヴェン「第九」の合唱のコラージュまで、「音楽」と「音」そのものが非常に効果的な役割を果たしていたと思います。実際に舞台上で演奏した西川裕一さんのセンスにも拍手を送りたいと思います。

2021年11月21日、紀伊國屋ホール。

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(プログラム表紙。写真はドン・カルロスの北川拓実)

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