八代目組長、柳かなでと申します!


#2話

@下村アパート
今日は貴重な休みだ。かなでは朝からTVを付けっぱなしにしながら、部屋着兼パジャマ代わりのスエットでゴロゴロしていた。フツーの女子高生なら友達と遊びに出掛けているんだろうけどさ、現に咲希と和紗から誘いのDMが入っていた。日々忙しい私は休みの日くらいゴロゴロしたーい、かなではごろんとうつ伏せになった。TVは昼のニュースが流れている。アナウンサーが指定暴力団の柳組の会長が死亡したというニュースを流していた。かなではうつ伏せになったまま、ぼーっとそのニュースを聞いていた。あんな家庭に生まれたら私よりも大変なんだろうか…そんなことをぼんやり考えていると、いつのまにか眠ってしまった。

@山形
龍子は児童養護施設で育った。父親も母親の顔も知らない。小学校に上がる6歳までは、子供達の輪に入らず、一人で砂遊びやお絵描きをしているような子供だった。時にはやんちゃな男の子からちょっかいを出されることもあったが、全く意に介さない子だった。そんな龍子が変わったのが、入学した小学校の一年生の時の担任、佐野先生との出会いだった。佐野先生は武術に長けていて、体育館で子供らに教えているのを龍子が眺めていたら、林、一緒にやらないか?と声を掛けてくれた。誘われた当初はいまいち気が乗らなかったかなでだが、やってみると案外面白かった。何より体を動かし、精神を統一させ、まるで今までバラバラだった自分の心のピースがはまっていくようなきがした。佐野先生は、空手を教えてくれたが、龍子に子供のために無料で教えてくれる市の剣道や弓道、柔道、合気道、なぎなたの教室があるから見学に行ってみてはどうか、と勧めてくれた。龍子は興味を示した。自分から何かをやってみようなんて思うことは初めてだった。龍子は先生の教えてくれた市の子供向けの武術の教室、全てに体験に行った。そして合気道、柔道、空手、なぎなたを習うことに決めた。お稽古に通うには、保護者の了承とサインが必要だった。龍子は児童養護施設の施設長に頼み込んだ。施設長は驚いた。龍子が自ら職員に何かをやりたいと言ったのは初めてだったからだ。施設長は良いことだと思うけれど、と言った。
「ちょっと多すぎない?担任の先生からも空手を習っているんでしょ」
龍子は、先生、お願い!と頼み込んだ。
「学校の宿題もきちんとやるし、施設のお手伝いもきちんとやる、絶対にサボらないから!」
施設長は必死に懇願する龍子を見て、そうね、と言った。
「一度でも宿題やお手伝いがおろそかになったら、考え直すわよ、あと、消灯時間はきちんと守ること」
と、サインを書いて申込書を龍子に渡してくれた。
龍子の顔は、パァッと輝いた。
「ありがとう、先生!私、頑張る!」
施設長はこんなにも輝いた龍子の表情を見たのは初めてだった。
それからの龍子の変化は目を見張るものがあった。施設では積極的に他の子供達と交わり、年下の子供の面倒もみるようになった。学校でも休み時間はクラスメイトと談笑し、明るい性格に変わっていった。お稽古はどの武術も一度も休むこと無く、学校の宿題もきちんとやった。施設でのお手伝いも率先してこなした。まるで水を得た魚のようだった。
人はこんなにも変わるものなのかしら、と職員の間で話題になった。
中学生になった龍子は、クラスの中で最も明るく活発な生徒になっていた。忙しい毎日の中、スキマ時間を見つけては勉強もコツコツとしていたようで、第一志望の高校だけに照準を合わせ受験し、県内有数の学力を誇る県立高校に見事合格した。

龍子が合格通知を受け取った翌日、龍子の法定代理人だという人物が現れた。龍子を児童養護施設から引き取りたいという申し出だった。施設長を始めとする職員達は困惑した。龍子は捨て子だった。県内の病院の赤ちゃんポストにひらがなと漢字で名前の書かれた可愛らしいメッセージカード一枚と共に入れられていた。苗字は書かれていなかったため、役所が職権で戸籍を作った。乳児院で育てられたあと、この児童養護施設に移ってきたのだ。施設長が現れた法定代理人の身分証の提示や正式書類を求めると、東京の千代田区にある町田弁護士事務所の弁護士町田栄一と名乗り、名刺を渡された。施設長は今までこの施設から子供を引き取りたいとの申し出を何度も受けてきた。施設長は、町田の目を真っ直ぐに見据えて、まず児童相談所の担当に連絡をし、面談と家庭訪問が必要であることを伝えた。親の生活状況や子供の生活出来る環境かを判断したのち、協議に移り、養護解除と書類が届く旨を話した。町田は心得ておりますと丁寧に答えた。

@東京外苑
町田が指定したカフェはとてもお洒落な雰囲気だった。龍子は初めての東京とこれから会う、初めて会う母親に緊張で心臓がどうにかなりそうだった。自分を捨てた母親に今更会うなんて…という気持ちはあった。両親を責めなかったわけではない。恨んでいた時期も長かった。…でも、今は…お母さんは自分に会いたいと言ってくれている。一緒に暮らしたいと言ってくれている。その言葉に龍子の心は母親に会ってみたいという期待感を抱かせてしまった。
緊張で喉が渇き、注文したアイスティーを飲んでいると、私の席のテーブルを挟んで真向かいの位置にワンピース姿のとても美しい女性が立っていた。
「龍子」
その女性は優しい穏やかな笑みを浮かべ、かなでの名を呼んだ。
「…大きくなったわね、龍子」
優しい、優しい声だった。
龍子は時間が止まっているように感じた。自分の目の前にいる美しい女性、優しい穏やかな笑み、温かな声、龍子の全てをふわっと空気のように包んでいった。龍子の横の席の町田は、龍子を静かに見つめていた。
「…お母さん」
龍子は母親にやっと聞こえるような声を絞り出した。
「ごめんね、今まで」
龍子の傍に駆け寄り、龍子を強く、強く抱き締めた。
「お母さん…」
龍子の瞳から大粒の涙が溢れ出した。母親も涙を流していた。
「これからは…、ずっと、ずっと、一緒よ」
龍子を強く抱き締めたまま、
「本当に…、本当に…、ごめんね、もう二度と龍子を離さないわ」
龍子はあたたかな温もりとほのかな甘い香りに包まれ、何度も何度も頷いた。

@下村アパート
いつの間に寝てしまったのだろうか。時計を見るともう午後3時を回っていた。お昼食べ損ねちゃったな、かなでは大きな欠伸をした。ベッドに寄りかかり、両腕を思い切り挙げ伸びをした。今がっつり食べると夜ごはん食べられなくなるかな…かなでは大きくため息を吐くと、ローテーブルに置いてあるぬるい麦茶の入ったマグカップに手を伸ばした。ついでに煎餅を取って、お昼代わりに一枚食べ始めた。
部屋のインターホンが鳴った。
誰だろう、咲希と和紗かな…かなではボサボサの髪とスエット姿で、ドアチェーンを付けたまま、はーい、と答えてドアを少しだけ開けた。
見たことのある顔があった。
「お久しぶりです、龍子さん」
ライトグレーのスーツにネイビーのネクタイ、スーツの襟に付いた金色のバッジ、アタッシュケースの…忘れもしないこの男…
かなでの思考が完全に止まった。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?