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世紀の撮り物

フリーランス写真家のお客さまが活躍された時期の中には、昭和の大変動期も含まれ、繁栄の喜ばしさもあれば、それに付随する影の部分も出てきた時代です。そのひとつに、「学生紛争」があります。

そしてフリーランス写真家のお客さまが撮られた一枚に、国立大学の講堂に立て籠もっていた学生の最後の一人が機動隊によって講堂の時計台の下で逮捕された瞬間の写真があります。
写真には、逮捕された時間を告げる時計台の針も収められています。

1960年代後半は、ベトナム戦争が激化の一途をたどっていた時代。あわせて日本では、1970年で期限の切れる日米安全保障条約の自動延長を阻止・廃棄を目指す動きが起きていました。そのひとつの動きとして、学生によるベトナム反戦運動・第二次反安保闘争が活発化しました。
 それと時を同じくして、ベビーブーム世代が大量に大学に入学することで歪みが見え始めた大学運営に反対する学生が闘争を展開する大学闘争が起きました。大学当局に反対する学生達は自分たちの主張が認められない場合は大学構内バリケード封鎖という手段に訴えました。
 国立大学の講堂占拠では警視庁の出動要請を受けた機動隊が封鎖解除と学生の検挙を担いました。
 時は1969年1月18日、最後の逮捕は翌19日の午後5時46分
 フリーランス写真家のお客さまはその現場に立ち会っていらっしゃいました。

 機動隊の雰囲気から「そろそろ突入するな」と察したその瞬間、機動隊が突入。それに歩を合わせるように、お客さまも飛び込んでいったそうです。

 報道関係者には防御用のヘルメットが渡されていたのですが、突入のどさくさにまぎれてヘルメットがなくなってしまったそうです。
 ふと視界に飛び込んできたのが、おそらく、立て籠もりの学生が自炊に使用していたであろう鍋。
 それを片手に持って頭を守りながら、現場を走られたとのこと。

 時計台の下の屋上で最後の学生が逮捕された時、その現場にはカメラマンは、フリーランス写真家のお客さまだけがいらしたそうです。

「だから、この写真を撮ることができたのは僕だけなんだよ」

「機動隊の放水がすごくて、足元がおぼつかなくてねぇ
 それが本当に怖くてね」

その写真は今見ても緊張感がビシビシ伝わってきます。
ドキュメント写真の凄さと大切さと、それを後世に伝えようとする写真家の心意気も合わせて。

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