第8話「大きく翔けるもの」
「は? ビルディングって勝手に生えてくるのか?」
俺の声がじめじめとした地下通路に響く。
俺たちはドワーフの氏族ホルデレクたちの集落に向かって、下水道のような地下通路を歩いていた。
「……? あんなもん、生えてくる意外に何があるんだ」
ドワーフの男、トルデクがこちらに背を向けたまま、さも当然であるかのような口ぶりで言う。
「何があるって、人が建ててるんじゃないのかよ」
「ハッ。人が建てる? 建物をか? 神じゃあるまいし、そんなことできるわけねぇだろ」
「けんぶつ?」
「まさか建物も知らんのか?」
「悪かったな。俺は遠くから来たから、この辺りのことは何もわからないんだ」
「カサウイは動物、ララナールは植物、ビルディングは建物。小さな子供でもわかることだ」
「全部わかんねーよ!」
俺が思わず声を荒げると、美月が笑い出した。
「ふふふ。仲良くなってくれたみたいで嬉しいです」
「……」
今のやり取りのどこにそう感じたんだ?
言葉を失う俺の前で、トルデクもそれには同感なようで、不機嫌そうに背中で言った。
「フィネレン。悪いが俺はコイツを全く信用してないぞ。『知り合いと友には百年の違いあり』、それが俺たちの考え方だろ? お前の連れだから最低限の世話はするが、さっきあったばかりの人間と仲良くなるなんざありえねぇ」
「……」
ムカつく態度だが、それはそうと、コイツ美月のことをフィネレンって呼んでるよな? どういうことだ?
「なあ、美月。フィネレンってなんだ?」
「ああ、それは私の名前です。ドワーフのみなさんにとって、名前はとても重要なものなので、私も長老さんからお名前をいただいたんです。そういう仕来りで」
「ほぉん……」
ややこしいなぁ……、ったく。
そう思った矢先、俺は前方の角から姿を現したものを見てびくっとする。
「警備bot!」
「騒ぐんじゃねぇ」
トルデクはそう言って平然と進んでいく。
俺は断じて怯えなどではなく怒りで心を震わせながら、警備botとすれ違ったが、何事もなく杞憂に終わった。
「すごいですね。ノイズシンガーメン」
「ったりめぇよぉ」
トルデクは相変わらず背を向けて返事をするが、その声はどこか弾んでいるように聞こえた。単純な奴だ。
「なあ。あの警備botもその、けんぶつ、ってやつなのか?」
「ハッ。お前はホントに子供よりものを知らないんだな。アレはペガサスの野郎が作ったもんだ」
「ペガサス?」
ペガサスってあの、ギリシャ神話に出てくる翼の生えた馬のことか?
ドワーフに続いてまたも出てきたファンタジーな言葉に、俺は困惑する。あのペガサスが警備botを作るなんて、到底結びつかない……。
「Dr.ペガサス。名前を剥奪されたドワーフです。ドワーフにとって名前はとても大切なものなので、罪を犯したドワーフは名前を剥奪されるんです」
「ハッ、何がペガサスだ。気取った名を名乗りやがって。アイツは裏切りもんだ。ウェブラウザ王国に付いて、世の中をこんな風にしちまった」
「彼は天才的な職人で、警備botも彼の作品なんだそうです。でも、彼はその技術で、乱心したウェブラウザ王国の王に取り入った……。ペガサスという名前も、王から与えられた名だそうです」
「……」
話が見えてきた。
数カ月前に、人が変わったように乱心した王。それが諸悪の根源で、警備botは王が作ったものではなく、王の傘下に入ったドワーフが作ったもの。
となると気になるのは、奴らの仲間はどれくらいいるのかだな。他にも厄介な奴がいるかもしれない……。
美月にそれを訪ねようとした俺だったが、それよりも前に美月が言った。
「それと、気になることがあるんです」
「気になること?」
「はい。王は乱心する前、自殺を図ったんだそうです。そして、一命を取り留めた。人が変わったようになってしまったのはそれからで、本人も私は生まれ変わったと言っているみたいなんですが。それだけじゃなくて、王は新しい名前を名乗るようになったみたいで。その名前なんですけど……。“ヒロト”って言うらしいんです」
「!」
ヒロト? それは、どう考えても……。
「ハッ。そんな名前聞いたこともねぇ。狂っちまったんだよ、王は。面倒だらけの境遇には同情するが、不幸だからと言って人様を傷つけていい理由にはならねぇ。ペガサスの野郎もおんなしだ。どんなにテメェがつれぇからって、悪に手を染めていい理由にはならねぇんだ。悪は悪だ。許しちゃならねぇ」
「……そう、ですね」
美月が悲しそうな声で言った。
「フィネレン。俺たちは必ず王国を打ち倒すぞ。正義のために。そして、善良なる者たちのために」
「……はい」
「さあ、そろそろ集落に着く。しけた面はここまでだ」
「……はい、そうですね。もう私、お腹がぺこぺこです。ご飯が楽しみ!」
「ハッ。カスラたちがウマい飯をたっぷり用意して待ってるよ」
「え~、楽しみです! ――西畑さん。カスラさんたちのお料理、とーっても美味しいんですよ!」
「ああ、そうか……」
こんな状況で食欲はなかったが、考えてみれば転生してからまだ何も食っていない。そう思うと、何か腹に入れておきたい気がして来た。
「飯もいいが、晩飲みにもしっかり付き合って貰うからな。今日はノイズシンガーメン完成祝いにアレ、開けちまうか」
「えー、あれってなんですか?」
「ハッ。お前、酒は飲めないだろ」
「でも気になります!」
楽しそうな美月の前で、トルデクは相変わらず背中を向けたままだが、声はかなり楽しそうだった。
態度は心底ムカつく奴だが、悪い奴らに対する発言といい、ただの嫌な奴ではないのかもしれない……。
酒も、飲めるのかな……。
俺も少しだけ、ドワーフたちの飯に期待が高まった。