大川小学校津波事故訴訟についての考察

一 大川小学校津波事故訴訟において、一審の仙台地裁判決は、広報車で学校前を通過しながら避難を呼びかけた市職員の証言等を踏まえ、「学校の教員らは、津波到来の7分前の15時30分頃までに、広報車の避難の呼びかけを聞いた時点で学校に津波が来ることを予見し得た」し、この時点においても「児童を校庭から裏山に避難させるに足りる時間的余裕がなおあった」と認定し、生存教員を除く教員らには児童を「三角地帯」ではなく裏山に避難させるべき結果回避義務があり、これを怠ったと判断し石巻市と宮城県に対し、連帯して児童1人当たり6000から6500万円の損害賠償金の支払いを命じた。 
二 これに対し、二審の仙台高裁は2018年4月、さらに踏み込んで事前対策の不備についても過失を認定し、賠償額も約1000万円増額した。高裁は、校長らは児童の安全を確保するうえで「地域住民よりはるかに高いレベルの知識と経験が求められる」と指摘した。大川小は市の津波ハザードマップの予想浸水区域外だったが、高裁は「広大な流域面積を有する北上川の近くにあり、津波の襲来は十分に予見できた」と認定した。 本件訴訟の控訴審は、責任原因たる公務員の行為を、個々の公務員(現場にいた大川小の教員ら)の(違法な)職務権限行使に分解せず、校長、教頭及び教務主任を学校の管理・運営の地位にある者(組織の管理・運営者)として捉え、「組織」で括って組織の構成員たる公務員の過失を判断する枠組みを採用し、その上で、組織の構成員としての公務員の過失を認めている。 
 このような判断枠組みは、従前、予防接種訴訟等では認められた例があるが(東京高判平成4年12月18日判時1445号3頁)、自然災害である津波被災事件において組織的過失を認めたのは、初めてである。
三 一審の仙台地裁が「地震の後の対応」を重視したのに対し、二審の仙台高裁は「地震の前の備え」、事前の予測や防災対策を重視した点に相違点がある。 
 ハザードマップには、大川小が津波の浸水予測範囲に入っていなかったため、市や県は「事前に津波は予測できなかった」と主張した。それでも仙台高裁はハザードマップが完全なものではないことを指摘したうえで、校長らには子どもを守るために高い知識や経験が必要である、学校の危機管理マニュアルを改定して備えを充実すべきだった等と判断した。「事前防災」に過失があったとして賠償を命じたものであり、この判断は学校や自治体に大きな衝撃を与えるものであった。 
 控訴審判決が予見が可能だったと判示したのは、「宮城県防災会議」がまとめた「宮城県地震被害想定調査に関する報告書」(平成16年報告)で指摘された「想定される宮城県沖地震」であって、一般的に「1000年に1度」の極めて希な災害と受け取られている今回の東日本大震災による津波ではない点も注意を要する。
四 遺族は、控訴審判決を受けて、「学校側は具体的にどのような危機管理をするべきなのか、全国の防災指針に役立つ判決だと思っています。何をなすべきか明確になったと思います」(東洋経済オンライン2018年5月8日)と述べている。災害が起こった時点の先生の判断だけでなく、災害が起こった時の被害を最小限に食い止めるべく、事前にどのような防災計画を立てておくべきか、その内容についても明確に管理者の責任を認めた判決によって遺族の気持ちに配慮することとなった。
五 そして最高裁は2019年10月10日付けで市と県の上告を退ける決定をし、震災前の学校の防災体制に不備があったとして、市と県に約14億3600万円の支払いを命じた二審・仙台高裁判決が確定した。

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