瞳に眠る

(三重県歌人クラブ作品賞受賞作)

俯いた少年の背にかすかなる起伏が生まれているまひるまに
遊戯室壁一面の鳥たちのなかの一羽が影の黒さを
少女・聖ジュヌヴィエーヴの祈りへと薄いピンクの色をこぼした
真っ直ぐに老いていくことモンティセリの女は大樹のたもとに立って
アングランのセーヌの川のかたすみが街の緋色をかすかに映す
ひまわりのような晩年 肉体の前に朽ちゆく魂がある
夕暮れに積み上げられた大粒の葡萄の一つ一つが濡れる
海岸の岩の間にとどこおる水はいつまでうみなのだろう
収穫の後のはるかな畑より鍬は一塊の土を切り取る
ズアーヴの兵の自画像のただなかにいっとう赤き唇がある
織工の男は織り機にその首を差し出すように俯いている
左手に上着をかかえて種を蒔く人公園のかたすみにいて
いちじくの煮詰まっていくペンパルのくれる手紙の短さのなかで
遠景に押しやられている人たちはみなゆるやかな丸みを帯びる
石膏にある滑らかな断面はうす青白い静けさを持つ
ファン・ゴッホの自画像と目があえばその瞳の奥にゴッホは眠る
美術館をつらぬいている透明なエレベーターに身をあずけおり
棒と点で描かれた地図がファン・ゴッホとゴーギャン展の半券の裏に
一駅分歩いていればだんだんと今日の全てを遠く感じて
珈琲の強い酸味をのみほして春になりきれていない夕焼け

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