私のスピリチュアル依存について。
こんにちは、なおこです。ご覧いただきありがとうございます。
変化が大きくて不安になると、幸せに導いてくれそうなものに頼りたくなりませんか。占いや宗教、ヒーリンググッズ、他者(とくに占い師やヒーラー)など、別のものや人でグラグラになっている自分の軸を補おうとしてしまいます。
もちろん頼ってもよいのですが、傾倒しすぎてしまうと金銭面や精神面、人間関係などに支障をきたすことにもなってしまいます。不安な現実世界から目を背けたくなって、地に足がついていない状態です。
自分の人生ですから、自分で舵をとることを意識して、その上でちょっとサポートをしてもらう、というくらいが丁度いいのかなと思います。
■ 私もスピリチュアル依存だった
私はセラピストをしていました。最初はアロマテラピーから始まり、オイルトリートメント、レイキ、オーラソーマ、数秘、キネシオロジー、NLPなどなど…たくさん学んできました。
でも今は、外側からの知識は取り入れる必要がなくて、「もう学ばなくてもいいんだ」という感じです。
それは、私が何でも知っているとか、できるとか、そういう偉そうなことを思っているわけではありません。
ただ、「もっといろんなことを知って、すごい人になりたい、ならないと」という無価値感による執着から解放され、「私は私を生きよう」と思えるようになったからです。
物欲なども同じですが、ちょっと手に入ると、もっとほしくなっていくんですよね。ここまででいいや、と思っていたはずなのに、気づくとそれを越えてどんどんほしくなっていきます。
自分の中の満たされない何かを埋めるための代替としてそうなっていくわけですが、やっぱり代替でぽっかり感を埋められるのは一時期だけなんです。埋められないからそれを繰り返し、そのたびにもっと、もっと…となっていきます。
■ スピリチュアル的な能力がほしかった
私はオイルトリートメントは自信を持ってやっていましたが、実は私が一番求めていたものはスピリチュアル的な能力だったと思います。
お客さまが考えていること、心を掴めるようなことがわかりたかったのです。「えー、なんでわかるんですか?! すごーい!!」と言われたかったんですよね。
自分への無価値感や劣等感を埋めるために(当時は自分の成長とお客様のためだと思っていた)、いろんな講座を受けて資格をとり、パワーストーンやオラクルカードなどをたくさん所持し、オーラソーマで次々出る新製品に心を奪われ、お金もたくさん使いました。
これら1つ1つの物や事はとても良いのですが、「これをやれば、これを持てば、私はもっとみんなからすごい人と思われるようになるんだ」という思いが深い部分にあったと思います。
良くならない根本の原因が「○○がないから」という、自分とは別のところにあると思っていたんですね。そして、外側の幸せばかりを意識していたのです。
それで、「これをやったのにすごい人になっていない。なんで、なんで…?! じゃあこっちもやってみたり、これも買わないとダメかな…」と、自分の足りないことにどんどん意識が向くようになってしまいました。
こんな感じで、スピリチュアルを学べば学ぶほど、グッズを集めて使うほど、自分と向き合っているつもりになり、自分のことをどんどん認められなくなっていきました。もちろん当時の私はそんなことにまったく気づいていませんでした。
■ スピリチュアルな能力は持てなくて良かった
今思えば、私は人より偉い立場になりたかっただけだから、そんな能力を持ってしまっていたら権威を振りかざすような人になっていたんじゃないかと思います。
そして、死ぬまでずっと生きづらさを抱えていることに気づかないまま、息苦しい人生を送っていたんじゃないかと思います。
「私はスピリチュアルな能力を持てないんだ」と諦めてからのほうが、なぜだかいろんな気づきを得るようになりました。
また、優劣なんてなくて、本当はみんな深い部分では同じなんだと思えるようになってからのほうが、居心地の良い自分でいられるようになりました。優越感を得た自分のほうが居心地が良いと思っていたはずなのに。笑
■ ○○やってる人はみんな良い人?!
ヒーリングなどをやっていると、自分たちが特別な人たちなんじゃないかという錯覚に陥ることがあります。「○○学んでる人って今までの友達とは違うよね」という多くの人たちと会いました。
以前の私は、オーラソーマをやっている人や天使が好きな人、パワーストーンが好きな人はみんな良い人で素晴らしい人、という思い込みがありました。
でも、実はみんな深い部分では同じなんですよね。素晴らしい人だと思っていたのに…いろんな人がいました。どんな人であろうと、その人の言動すべてが正しいということはないし、逆にすべて悪いということもなかったのです。
多くの人が素敵な人でありたいと思うだろうけど、不安になったり、損得勘定で動きたくなったり、人の悪口を言いたくなったり、他者と比較して優越感を得たくなったりすると思います。
そうなったとき、スピリチュアルな考え方を知ってる人であろうが、知らない人だろうが、軸がブレたことに気づいて自分の中心に戻ることができるかどうかなのだと思います。
■ スピリチュアルは使い方しだい
私はスピリチュアルな考え方がもっと世の中に広まるといいなと思っています。ヒーリンググッズはずいぶん手放しましたが、今も使うことがあります。
オーラソーマは、出逢ったおかげで様々な困難を乗り越え、自分の成長につなげられてきたと思っています。もう資格も手放したし、講座も受けることはないけど、私の中でずっとこの学びは生き続けると思っています。
私はずっとスピリチュアルな学びをしてきたことで、自分の無価値感などを克服したつもりになっていたんです。
それは怖かったからというのもあると思うけど、やっぱりスピリチュアル依存をしていたからだと思います。実際、手放してからのほうが、いろんなことを理解しやすくなりました。
グッズやヒーリングに対して、「これを使えばこういう悩みがなくなるはず」といった期待や依存が強くて、それを使うことで、かえって自分と向き合うことから遠ざかる結果になっていた気がします。
だから結局は、使う人次第なんですよね。私は本当に他人軸で生きてきたから、思い切り依存してしまいました。
不安や恐れからの行動は、依存を生み出し、良い方向に進みにくいです。良いお客さんにならない、使われないように、自分の足でしっかり立っていきたいですね。
そして、あと一歩進みたいというときに、ちょっと手伝ってもらうくらいがよいと思います。楽しんで使いましょう♪
■ スピリチュアル依存も良い経験だった
今の私にとってはこれも必要な出来事だったと思っています。
だから、ほかの人がスピリチュアル依存になっているとしても、その人にとって必要な経験をしているだけです。私たちがどうこう言う問題ではありません(ほかの依存症にも言えること)。
周りが言えば言うほど、かえって反発したくなるので、周りの人にとって良くない方向に進むでしょう。あなたができることは、その人に必要なことが起こっているということと、その人が依存から脱することができるということを信頼することです。
反対すればするほど盛り上がってしまうのです。恋愛と同じですね。
■ スピリチュアルは日常の中にある
スピリチュアルをあやしいと思う人も多いけど、スピリチュアルは実はとても現実世界の日常の中にあるものです。お願い事をすることだってそうですし、精神的に…ということだって、見えない世界の話です。
このnoteの写真は私が撮ったものですが、見たときに、「わぁ、天使の羽だ!このタイミングでこの空を見せてくれてありがとう!!」と思いました。天使がいるかどうかもわからないし、誰にありがとうと思っているのかもわからないですよね。
いろんな偶然、奇跡などもありますし、ビジネス書やコミュニケーション本などのやり方も、スピリチュアルと言うのか、言わないのかの違いだけのような気がします。
見えない世界だから、それをいろんなカタチで使う人がいます。でも、そういう人もそういう人で、何かを学んでいるのだと思います(思いたい)。
私たちは、人のことをどうこうするよりも、もっと自分のためにエネルギーや時間を使っていけたらいいなと思います。