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初めてのギター

中学生になり、放課後は父のお古のクラシックギターをポロンポロン弾き始めた頃、何を思ったか突然父がエレキギターを買ってきた事があった。

それが当時軽く一世風靡したフェルナンデスのアンプ内蔵ギター「ZO-3」、通称「ゾーサン」だった。

家に突如現れたエレキギター。
見た目は正直「だせえな、コレ…」という感じではあったが、とにかくスイッチをカチッと入れればジャーン!とエレキギターの音が出るのは感激だった。
ボリュームを上げていくと、音が歪むと言うより「割れてくる」という表現が近いジャングリーな音ではあったが、それが却ってガレージ感を出していて、今思えばあれはあれで良い音だったように思う。

おそらく父は自分が休日に軽く弾いて遊ぶように買ったのだと思うが(父は元々バンドマン)、結局はほぼ100%自分しか触っていなかった。当時すでにバンドをやっていた兄もこの「ゾーサン」には殆ど触らなかった。


その時の自分はクラシックギターを触っていたとは言っても、コードもスケールも奏法もなにも知らず、ただ、鏡の前でギターを抱えてカッコをつけたポーズをしたり、ただ弦を闇雲に掻き鳴らして「オ〜イェ〜」とか「カモン!」とか「ライッ!」などと奇声を発していただけだったので、ちゃんとしたギターの奏法はこのゾーサンを弾くことによって学んだと言っていい。

「ビートルズで学ぶエレキギター入門」という本を近所の幼馴染のMくんから譲り受け、なんとかその本を読みながらギター理論を理解しようとするものの、どうにもこうにも弾ける気がせずギターに飽き始めていた頃、その後の人生を左右する大きな出来事が起きた。


近所のレコード屋「エコー」でジャケ買いしたTHE CLASHのアルバム「白い暴動」を流しながらいつも通りゾーサンを抱えて「ン〜ッ!」などと唸りながら格好をつけてギターの弾き真似をしながら適当にジャッ!と音を鳴らした時、なんとCDから流れるギターの音と自分の鳴らしているギターの音が完全に一致したのである。
「アレッ?」と驚き、もう一度ジャッとやるとまたしても音が完全一致…。

要するにその時流していたTHE CLASHの曲、「JENNY JONES」は曲のキーが「E」なのだけれども、それはつまり、ギターのフレットを何も押さえず6弦を鳴らすと音がちょうど一致するという事だったのだが、そんな理屈を知らない自分はすっかり舞い上がり、

「俺今、ギター弾けた!」

と勘違いしてしまったのである。

この偶然の勘違いが自信へと変わり、それからは自分なりに勉強をして、徐々に本当にギターが弾けるようになっていったのだから、あの瞬間が人生を大きく変えたのは間違い無いだろう。
だから未だにTHE CLASHの「JENNY JONES」という曲は特別だ。
あの曲のキーが「E」でなければ自分は今もギターを手にしていなかったかもしれないのだから。

ギターもある程度弾けるようになってくるとやはりゾーサンのチープなサウンドやダサイ見た目が嫌になってきて、じきに新しい本当の意味での「人生1本目のエレキギター」を入手するのだけども、それまでを支えてくれたこのゾーサンというギターに関しては未だに感謝している。


中学3年生の頃、隣のクラスの女子バスケ部で活発で、「イケてる」グループのNさんという女の子からいきなり話しかけられ、ゾーサンをその子に貸すことになった。
どうやらエレキギターに興味を持ったものの、親が反対して買ってくれず、それでも一度触ってみたくてギターを所有している同級生はいないか探していたところ、自分が持っていると言う話を聞きつけ、少しの間貸してくれないかと交渉しに来たらしい。

その頃はもう新しいギターを持っていたし、使ってもいなかったので自分は即座に快諾した。

何しろ自分はクラスの完全なる「はぐれ者キャラ」で、そんな自分に学年でも割と人気がある感じのNさんがコンタクトをとって来たのだから、これには浮かれるなという方が無理だろう。

結局ゾーサンは2週間ほどで返って来た。やはり自分にはギターは向いていないとNさんはすぐに判断したらしい。


返してもらった時期はちょうどバレンタインで、ケースの中には「貸してくれてありがとう」という手紙と、「これは義理だから絶対に勘違いするなよ」と念を押さんばかりの簡素なチョコレートが入っていた。


それが自分にとっての中学時代にもらった唯一のバレンタインチョコであった。

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