コーディングは不要になるのか。NVIDIAのCEOが「AIがコードを書くのでもうプログラミングを学ぶ必要はない」と発言して議論を巻き起こす (msn.com)
コーディングは不要になるのか。NVIDIAのCEOが「AIがコードを書くのでもうプログラミングを学ぶ必要はない」と発言して議論を巻き起こす (msn.com)
このような記事を読みました。正直、「ヤバい」と思った反面、ホッとした感じもしました。
ヤバいと思った理由
私自身、仕事でPythonを使ってAIの実装をしているので「仕事がなくなる?」と思ったのがその理由です。
以前はフリーでシステム開発の仕事やデータ分析の仕事をしていたこともあるので、これからのフリーランスは大変になるのかな~とかネガティブなことを考えてしまいました。
ホッとした理由
その反面、以前から考えていたことですが、プログラミングはあくまで手段だという点を考える必要があります。
例えば何か業務で不便な点があり、そこを自動化したいと考えたとします。
いろいろなツールを探したものの最適なものがないとした場合、もし自分でプログラミングを書けるならサクッと書いてしまうこともできます。
最終形態まで行かなくても、プロトタイプを作成して発注先の企業に伝えるといったことでもコミュニケーションギャップはほぼ生まれなくなります。
そういった手段であるならば生成AIがその部分を担ってくれることで自分がやりたい仕事、他の仕事に尽力できると考えたことも理由としてあります。
少し深読み
もう少しこの記事の内容を読んでみました。
そう、世界中の誰もがプログラマー。もはやそのような時代は目の前に来ていると思います。
世界のだれもがプログラマーの意味
私は自分なりにコンピュータとデータサイエンスを学んできたのですが、この発言は重要な転換点を示しています。もちろん、この発言だけではなく、世界がそうなりつつあると思います。
そして、人工知能(AI)の進歩が、高度なコーディング作業を引き受け、プログラミング言語が人間の自然言語に近づいていく。つまり、プロンプトを与える→プログラムとサービスが勝手に出来上がる、という技術が生まれています。この変化により、コンピュータサイエンスの専門知識がなくても、人々がテクノロジーを使用してアイデアを実現し、問題を解決することが可能になります。
この視点からは、「世界中の誰もがプログラマーになる」という考え方は、コードを書く技術的なスキルを持っているという意味ではなく、AIツールとプラットフォームを通じて、自分の意図をコンピュータに指示できる能力を持つという意味です。
教育も変わるべき
「プログラミング教育」「情報教育」という教育分野、日本の学校の教育も転換を迫れていくはず。
必要なのはAI教育、AIにどのようなプロンプトを与えるか、AIを活用して自分の表現をどう拡張させるのか、そういう視点に立つことも教育に取り入れていく必要があるでしょう。
すべての人がAI活用法を学びましょう
文系の社会人を始め、多くの人が「プログラマー」となり、自分がやってみたいこと、利用したいサービスを形にしたり、あるいは副業でコンテンツを生成するということが始まれば、それこそ大転換です。最近、文系のビジネスパーソンが本業や副業でAIを活用する方法をkindle本にまとめました。
興味のある方はぜひご一読いただけると幸いです。
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