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ドラマの厚みをつくるもの

昨年12月に映画『THE FIRST SLAM DUNK』を観たら、あまりのおもしろさに度肝を抜かれ、お正月から2週間かけて漫画を全巻読破。その感動の余韻が続くなかで、2回目の映画鑑賞に出かけてきた。

50歳女性であるわたしは、スラムダンクの漫画にもアニメにも触れることなく、これまで生きてきた。
だって世代としては完全に『タッチ』だから(中学時代は単行本を全巻買い揃えていた)。

昨年のクリスマスに家族3人で映画を観に行った時点では、『スラムダンク』の漫画を読んだことがあるのは、夫だけだった。
わたしは事前に予習もしなかったので、ストーリーも設定も何も知らないまま映画を観たのだけど、それでも、観終わった後は、席からしばらく立てないくらいに興奮していた。

なんか今、ものすごいものを観てしまった……という、この感想は、それから数週間さかのぼって『すずめの戸締まり』を観た時もVoicyのプレミアム放送で語った気もしたけれど、でもそれぞれの映画で自分の内側から聞こえた「どくん、どくん」とか「ぞわ、ぞわ」とか「ぎゅーっ」いう音をたどってみれば、響いているのは、胸のちょっと違う部分なのである。

奥にレイヤーが重なっていく感覚


『すずめの戸締まり』は、1本の映画のなかに、横に流れるラインがあった。それは九州から四国へ、その後は関西、東京、最後は東北へと移動していくロードムービーとしての線であり、過去から現在、そしてこれから、という時間の流れでもあった。その流れのダイナミックなうねりに引き込まれ、圧倒されるような感動だった。

一方の『スラムダンク』は、「ライン」ではなく「奥ゆき」で見せてくれる映画だった。
『すずめの戸締まり』が動だとしたら、『スラムダンク』は静だった。スピーディに展開するバスケットの試合が描かれているにもかかわらず。

原作漫画では、主要メンバーではありながらも、どちらかというと脇を支える人物という印象だった宮城リョータという少年が、映画では主人公に据えられている。

彼はたった今、高校バスケのインターハイ2回戦で、「王者」として君臨する強豪校と戦っている真っ最中である。

高校2年生のバスケットボール選手にして身長が168cmしかない小柄な彼が、190cmや2m超えの大男たちに囲まれたり、進もうとする道を阻まれたりしながらも、「切り込み隊長」という異名をとりながら、鮮やかなドリブルと足の速さで試合を動かしていく。

その勇姿の奥に、かつて沖縄の海と空に抱かれるようにして毎日バスケットの練習をした幸福な幼少時代、悲しい過去、乗り越えたい思いなどが浮かび上がるようにして断片的に挟み込まれ、それらがまるで薄いレイヤーが一枚、また一枚と重なるように、物語の厚みとなっている。

やっと描かれた家族の存在


2週間毎日、漫画を読みふけりながらスラダン・ワールドに浸った直後に観た2度目の映画は、1度目の感動とはまた別の思いが胸を満たした。

1度目の感動は、試合の行方を固唾を飲んで見守った緊迫感による部分も大きかったけれど、結果がわかっている2度目は、リョータと家族の、言葉ではうまく伝えられないのにお互いをわかりたい、わかってほしいと願う、不器用な愛情のやりとりに涙が止まらなかった。

思えば原作漫画は、主人公の桜木花道はじめスタメン5人、および控え選手、対戦メンバー、監督あたりまではそれぞれの背景を描くエピソードがあるものの、彼らが練習や試合の後に家に帰って一緒に暮らしているはずの家族、というか親は「いっさい」といっていいくらい出てこない。
それはもう、そうと決めたんだろうな、とわかるくらいに排除されていた。

でも映画では、おそらくわたしより少し若い40代であろうリョータの母親・カオルが浮かべる虚ろな表情と、その奥に揺れる深い喪失感や孤独がスパイスとなって、単なるスポーツアニメではないドラマ性を生んでいる。

気が遠くなるほどの月日を費やしていた

「THE FIRST」ってくらいだから、この先、湘北高校バスケ部メンバー一人ひとりが持ち回りで主人公になりながらシリーズで映画作品がつくられ、そのたびに知られざるドラマが描かれていくのかな……なんて期待したくなるけれど、この映画制作の舞台裏を見せてくれる企画本『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』を読み込んだら、そんな安易な期待はやめようって思った。

なにしろ映画化の企画が最初に井上雄彦氏に持ち込まれたのは2009年。パイロット版を見て、無理だと返事をしたら、しばらくして2本目が送られてきて、また断ると、なんと3本目の修正パイロット版が2014年に届けられ、制作側の熱意に心が動かされたという。

そして2015年からネーム作りに取りかかり、2018年からアニメーション作業が始まった……と知ると、この1本の映画に費やされた月日の長さに呆然としてしまう。

といいつつ、でもやっぱり観てみたいなぁ。
漫画では、桜木花道の天性のスター性の虜となったわたしだけれど、映画なら、三井寿のドラマが見てみたい。

あれ? そういえば偶然にも『re:SOURCE』の表紙の真ん中から、こちらを見ているのは、三井クンではないですか。

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