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仕事への誇りが火花を散らす

公開中の映画『騙し絵の牙』。
いい意味で予想を裏切られ、観終わった後はしばらく、ゾワゾワという胸の震えが収まらなかった。
「すごいの、観ちゃった」というこの興奮は、『新聞記者』以来かも。

予告編は観ていたし、大泉洋氏がプロモーションで出演していた『ぴったんこカンカン』も娘と爆笑しながら観たのだけれど(大泉洋のぴったんこカンカンはどうしても観たくなるんです)、それでも、正直、観る前はここまでおもしろいとは期待していなかった。
娘の春休み最後に、一緒に観られる作品として、なんとなく選んだのだったが……もう、これは!!!
とくに物書きや編集など、本づくりと出版に携わる人は絶対に観なくちゃだめ!と声を大にして言いたい、すごい作品だった。

一緒に観た12歳の娘にはちょっと物語が動くスピードが早すぎるかという場面もあったけれど、後で感想を語り合ったらけっこう理解できていた。
もともと池田エライザも宮沢氷魚も松岡茉優も大好きだから、そのキャスティングに引きつけられながら最後まで面白く観られたみたい。

出版界の熱血仕事人たち


さて、映画の制作側は「騙し合いバトル」を全面に押し出しながら宣伝しているようだけれど、わたしはこの作品を「誇りをもって仕事する人たちの社会派の群像劇」として観た。そしてその結果、ものすごく感動した。

詳しいストーリーは公式サイトを見ていただくとして、話の舞台は、大手出版社である。
伝統を背負いながらも売り上げとしては赤字続きの文芸誌編集部と、手堅い企画を繰り返し特集しながらもマンネリに陥っているカルチャー誌編集部。
人々の紙媒体離れはもはや食い止めることが不可能であり、経営難に苦しむ出版社では、どちらもいつ廃刊を言い渡されてもおかしくない状況。それでもなんとか、生き残ろうとする。

どうすれば読者に「買いたい」と思わせられるのか。
そして、買って読んでもらえるのか。
あらゆる角度から打開策を探ろうとする、大泉洋演じるカルチャー誌編集長の発想と熱意と行動力にワクワクが止まらない。
逆転を賭けたリニューアル号の企画、制作、発売までの展開は、もう手に汗握るという表現がぴったりで、鳥肌が立ちっぱなしだった。

「街の本屋さん」の現実を描く


とくに熱血新人編集者を演じる松岡茉優の文学少女の素顔と、彼女の実家である小さな書店の描写がていねいなのが、この映画への思い入れを強くさせたと感じている。

早川義夫の『ぼくは本屋のおやじさん』を再現したかのようなその書店は、塾帰りの小学生たちに立ち読みを許しながら夜遅くまで開いており、品切れ中の絵本について尋ねられた店主は「明日には入荷しますよ」と嘘をついて、図書カードを握りしめて紀伊國屋書店へ仕入れに(というか定価で買いに)行く。
昔ながらの取次による配本では、娘が編集した雑誌のリニューアル号が各書店で完売御礼、増刷までかかって大騒ぎだというのに、その店には3冊しか入ってこない。それでも、ふらりと訪れた大泉演じる編集長が「これくらいの書店がちょうどいいよなぁ」とつぶやきながら本を一冊買う。つまり、小さくてもほしい本がちゃんと見つかる店なのだ。

文芸誌 vs.カルチャー誌、伝統 vs. 改革、ネット vs. 紙、停滞気味のベテラン vs. 才能を予感させる新人…… さまざまな対立の構図が複雑に絡み合いながら、物語はスピーディーかつスリリングに転がっていく。
「騙し合い」と聞くとなんだかゲームみたいで、ちょっと軽いというか、遊び半分なイメージが浮かぶ。
でも、この映画で描かれる闘争の渦中で奔走する彼らは、みな真剣で、自分の仕事にまっすぐな情熱を注ぐ人たちばかりなのだ。一人一人が、目の前の状況をもっとよくしたいとあがいたり、自分の内なる可能性をもっと試してみたいと野心を燃やしたりしている。誰の心にもあるそうした炎を敏感に察知し、巧みに利用しながら立ち回る大泉洋の得体の知れなさが、さすがはあてがきで原作が書かれたというだけあって、唯一無二の存在感だった。

映画があまりにおもしろくて、劇場を出てその足で書店に行き、原作を買った(今読み進めているが、映画とはだいぶ違う。でもこちらもすごくおもしろい)。たくさんの人に観てほしい!って思って、インスタグラムのストーリーズも投稿してみた。夫にもぜったい観てほしくて、家に帰ってからネタバレしないようにその興奮を伝えた。
わたしのこの一連の行動さえも、きっとこの映画に「騙されて」いるのかもしれないし、自分の心がそこまで動いたことにもワクワクしている。

そうそう、映画を観ながらずっと「音楽がやけにカッコイイな!」と気になっていて、エンドロールで「音楽/LITE」のクレジットを確認した。
映画の公式インスタからバンドのサイトへ飛んでチェックしたら、やっぱりとてもカッコよさそうなインストロックバンドだった。この発見も収穫。

映画も、本も雑誌も、書店も、おもしろければ生き残れるのだ、きっと。
絶望のなかに残されたかすかな希望を胸に、みんな前を向いて闘っている。

それが、映画からわたしが受け取ったメッセージだった。


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