小説 だから今会いに行く 第1章

あのとき、君と出会ったあの場所で、思いを告げる。それがどんな結果になるのか、いまの自分には想像がついていない。君はなんというだろうか。いつものように、冗談だと笑い飛ばすだろうか。それとも、この思いをしっかり受け止めてくれるだろうか。やってみなければわからない。だからいま会いに行く。

「はじめまして。」
大学3年になったばかりの三波真也にたいして、突如声をかけてきた女の子。その子はおそらく高校生ぐらい、身長は155ぐらいで長い黒髪をしていた。これだけみると、ごくふつうの女の子としか思えない。真也は、自分に声をかけてきたこと以外は、目の前の女の子に対して特別な印象を持たなかった。
「あ、はい。はじめまして。えっと、ぼくに何か用ですか?」
「はい。わたし、杉崎美希っていいます。えっと、ここの在学生に話を聞いて、三波さんにたどり着きました。」
在学生?自分を紹介する在学生がどこかにいただろうかと、真也は考える。真也はいたって目立ったことをするほうではないし、誰かのお手本になるような学生でもない。成績は本当に真ん中ぐらいだし、サークルで何かの賞をとった経験もないのだ。となってくると、その紹介のデモとと、目の前の杉崎という女の子が自分のもとを訪ねてきた理由を手っ取り早く聞こうと決心する。
「そうなんですか。その・紹介してくれた人って誰ですか?」
「えっと、加藤さんです。」
真也は、加藤という名字を頭の中で探す。加藤という名字は日本中を探すとけっこういるものだ。真也の大学も例外ではなく、加藤は3人思い当たった。
一人は今年入学して、早速美術サークルで頭角を現している、加藤あや。だがしかし、真也とあやに接点はない。美術サークルにすごい人が入ったからと名前を聞いているだけだ。きっと、この人ではないと考え、次に行く。
二人目は、真也の先輩の加藤大輔。学科も同じで、勉強も、飲み会もたくさんした間柄だ。この人なら真也の事をよく知っているし、候補としてはありえる。ただ、同じ学科だとすれば、わざわざ後輩を紹介するのか?という疑問が残る。
3人目は、真也の1個下にあたる、加藤悠美という女子学生だ。情報系の学科にいる真也に対し、悠美は数学系の学科に属している。接点といえば、大学の中ではなく、真也がやっている外での活動の方だ。真也はアニメーションを作ることが趣味で、授業を受けるかたわら、独学でCGの勉強をしていた。その時、どうしても動きとかがわからなくなったとき、数学の勉強をしている悠美に計算式などを聞いていた。もともと、悠美もゲームやアニメに興味があり、自分の勉強したことが役立ってアニメやゲームができることを楽しみにしながら真也に協力している。
この3人が出揃ったところで、学科の勉強の話だとしたら大輔が、外の活動の話だとしたら悠美が紹介したと真也は推測した。
「えっと、うちの大学、加藤が3人いるんだけど、どの加藤かな?」
「悠美さんですね。大学2年生の。わたし、ここのオープンキャンパスにきて、悠美さんと知り合ったんですけど、悠美さんは勉強以外に外の活動もしてるって聞いて。それでも、悠美さんは三波さんのサポートしかしてないときいたので、三波さんに直接お話を伺おうと思ったんです。ご迷惑でなければいいんですけど。」
真也は、自分の予想が当たったのと、なんとなく話が読めてきて笑顔になる。目の前にいる杉崎さんという女の子は、自分と加藤悠美がしている活動に興味があるのだ。それにしても、高校生のうちからここまでくるなんてなかなかできたものではないと、真也は思う。高校生にとって、大学生というのはすこし遠い存在なのではないか、そんなことを思っていたことがある。実際、自分が高校生の時はどうだったかを考えると、やはり大学生になった先輩がすこし大人っぽく見えたり、オープンキャンパスで緊張して何も聞けなかったりという過去が真也にはあった。
「あ、そうなんですね。映像の活動は本当に独学で、いまちゃんとできてるかって言われたら微妙なんですけどね、あはは・・。」
真也は苦笑する。なんとか悠美の話を聞いてものは作っているが、それが評価されたことのほうが少ない。
「いえ。三波さんの作品見させていただきました。なんというか、仮想世界の魅力を感じます。こんな世界あっったらいいなあみたいな。あ、それと、よければタメ語で話してください。先輩に敬語使われると、なんか硬いなって思っちゃうので。」
「あ、うん。ありがとう。」
真也は気づけば目の前の女の子に圧倒されている。やはり、目の前の女の子は自分とは違う何かを持っている。いやでもそう思わなければいけないときがやってきていた。
「それで、俺と一緒に映像作りたいのかな?」
真也はなんとなく自分の対応に笑った。敬語からタメ語に変えた瞬間、自分のキャラが180度ぐらい変わったのではないか、そんなことを考える。
「あ、いえ、映像を作るという話ではなくて、大学の勉強をしながら、どうして他の活動に力を注げるのか、そういう話を聞きたかったんです。わたし、高2なんですけど、なんていうかやりたいことがあって。もちろん、それに関連した大学に入れればいいんですけど、なんか、三波さんみたいに活動と勉強を分けるっていう手段があるってきいて、興味を持ったんです。」
「そうなんだ。それでいうと、俺は大学入ってから映像に興味を持ったんだよね。情報系だと、CGの概論みたいな授業があって、それを1年の後半に履修したら、どっぷりハマっちゃってさ。正直、プログラミングするより映像作ってた方が楽しい。あ、これ、悠美ちゃんにしか言ってないから、他の人に言わないでね。みんな気づいてるかもしれないけど。」
「はい。もちろんですよ。いきなり初対面の人に嫌われるようなことしないです。」
真也は改めて、目の前の女の子を見る。どこからどうみてもふつうにしか見えない。それでも、話を聞いているとひめたパワーを感じる。自分が高校生の時はそんな情熱に満ち溢れた顔をしていなかったと思い、やはり真也は特別な感情を抱かずにはいられなかった。
「ちなみに、現段階で何をやりたいのかな?」
「あ、えっと、いろいろあって。心理学とか化学とか。ともかく、理系科目が大好きなんです。。」
「なんかすごい。頭いいんだね。」
「そんなことないですよ。ふつうです・。」
それから二人の会話は続いた。とりあえず、一通り話を聴き終えた真也は、その場で連絡先だけ交換して、その後は一緒に考えようという話をして、美希とわかれる。真也は、部屋に戻ってから先ほどの出来事を改めて振り返る。自分の活動に興味をもって訪ねてきた女の子。その女の子は、一緒に活動をしている加藤悠美の紹介で自分にたどり着いたという。悠美から事前に話は聞いてないし、杉崎という女の子は初対面で年上な自分にも臆せず接してくれていた。黒髪ロングな女子高生という、ふつうの女の子なわりに、真也にとって杉崎美希という女の子はどこか不思議な感じを秘めた人のように見えた。
「とりあえず、彼女に聞いてみるしかないか。」
最近活動の話もしていなかったし、進捗報告ついでに彼女の話を聞くのもいいだろう。真也はその場で悠美に連絡を取り、会う約束をした。

「真也さん、お久しぶりです。」
「久しぶり、悠美ちゃん。」
あれから数日が経ち、真也と悠美はいつもの場所で待ち合わせをしていた。いつもの場所とは言っても、大学の部屋で、予約をすれば誰でも自由に使うことができる。ここが、真也と悠美が作戦会議をする場所だ。
「なかなか連絡できなくてごめんね。そろそろテスト前だから、勉強に忙しくて。」
「あ、そうですよね。わたしもテスト乗り切れる気がしなくて、クラスメイトと協力してますよ。」
悠美のできないというのは本当にあてにならない。できないのであれば、わざわざ外の活動に誘ったりなんかしないのだ。それでも、悠美はできたこで、いつでも真也にあわせて自分もたいしたことがないと言っている。それがはたして本当に正しいのかは謎だけど。
「これ、どう?テスト勉強の合間に作ってみた。今回のはすごいよ。バッターがボールを打つと、綺麗な放物線を描いて場外に。」
「ああ、野球の映像ですか。たしかに、この放物線は鮮やかですね。こんなバッターいたらほれちゃうかも。」
悠美は画面にめいいっぱい近づきながら感動の声を上げる。画面に近づいているため真也から表情は見えないが、目を輝かせていた。
「でしょ?これ頑張ったんだよ。」
「わかります。映像作るのって途方もない時間がかかりますからね。」
二人は同時に笑った。真也的には、このような作業がとても大変であることを悠美が理解してくれているのが嬉しい。どうしても、自分が行わない作業というのは実感が持ちにくく、難しい要求を自然にやってしまうものだ。
「でも、おしいです。これは綺麗すぎます。こうなんていうのかな、たしかにわたしが提供した数式を用いて作ってもらったのはいいんですけど、こんな綺麗すぎる映像、みてて楽しいですかね。リアリティーというか、ちょっとずれがあったほうが、見る人は共感するとおもいます。」
「ああ、やっぱりそうだよね。完璧な人ってなんか近寄りづらいところあるしね。」
「そういうことです。人は、相手のできることとできないことの両方を見ています。だから、完璧よりちょっとずれがあったほうが、このキャラクターに愛着もわくとおもいます。ちょっとだけずらしてみましょうよ。」
そう。悠美は褒めることも、改善案をだすことも両方しっかり行なっている。これがどちらかであればチームは絶対成立しない。悠美は相手のことを考えて行動ができ、真也は相手の行動を受け入れることが自然にできる。だからこそ、このチームは賞がとれなくても、いつも楽しく活動しているのだ。
「あ、そういえばさ。」
悠美が指摘した改善案をメモにとって、真也は二つ目の話題に移行する。
「この間、杉崎さんっていうひとが俺のところにきたんだけど、悠美ちゃんの知り合いなんだってね。悠美ちゃんから見て、杉崎さんはどんなこ?」
「ううん、そうですね。オープンキャンパスの時代1印象は、よくしゃべるなと。ふつう、ああいう場って緊張するじゃないですか。でも、彼女はそんなのがなくて。いい意味で積極的だなと。で、それ以降もやりとりしてるんですけど、わたしがいくような理系のコミュニティーに顔だしたいとかいってて。どこまでもアクティブな子です。だから、チームにいれるもよし、何かきっかけをつかんでもらうもよし、そんなかんじで真也さんを紹介したんです。真也さんは、勉強と活動を両立できているという意味では珍しい存在なので。」
「なるほどねえ。たしかに、俺から見てもものすごい積極的な子だったのはわかる。」
真也は、自分がもった印象と、いま悠美から聞いた印象を照らし合わせて考える。自分よりも悠美の方が彼女と仲がいいのもわかり、まだまだ知らないことがたくさんだが、その中でも一致していることがいくつかあった。印象が一致していれば、きっと杉崎は怪しい人ではないということがわかる。
「それでも、俺が彼女にできることってあるのかな?実際、映像を作ることに興味があるってわけじゃないみたいだし。」
「大丈夫だと思いますよ。まず、真也さんの作品見て感動してましたし、夢をおう中で、真也さんみたいな生き方は参考になります。わたしも、真也さんに共感してここにいますから。」
二人の出会いは真也が2年、悠美が1年の時だ。新入生歓迎会の幹事クラスになっていた真也のクラスでは、何か面白いアトラクションを用意しようとしていた。そんなとき、CGに目覚め、春休み中にひたすら映像を作っていた真也にクラスメイトから声がかかったのだ。試しに面白いものを作って食堂のモニターで映してみようと。それを受け、必死に映像を作った真也。内容は今と比べたら単純で、教室で一人の女の子が勉強をしている。問題を解けたのがわかって、「やったー」とポーズを決める女の子。それを遠くから見守っている幼馴染クラスメイトの男子を描いたものだ。真也的には、自分の理想のシチュエーションを映像にしただけだった。それでも、その映像のできと、逆に伸び代がある部分が、学生・教員の心をつかんだ。その後、悠美が真也に声をかけたという流れになる。
「ああ、そうだったね。懐かしいなあ。もうあれから1年だよ。」
「そうですね。わたしたち、まだまだ全然賞をとれてないですけど。それでも、1年間楽しく続けられてよかったです。」
いつの間にか話題は脱線していたけど、そのことに二人とも気づかないぐらい、二人の出会いから今までの経緯について盛り上がる。なんとなく一人で始めていたことが、誰かの共感を呼び、そこからまた新しい仲間ができる。そのようなある種の連鎖について、自分は無縁だと考えていた真也だったが、悠美の話を聞いて、まさに自分に起こったことだと確信する。
「それで、俺は杉崎さんとどう関わったらいいのかな?」
「ふつうでいいと思いますよ。ある意味先輩らしくしなくても、あの子が年上に見てくれるし、話をすればいいと思います。」
「うん。わかった。」
「彼女は高2ですから、真也さんとは被らないですけど、きっとかかわりができますよ。」
悠美の言葉は、真也に勇気を与えた。これからどうしようか、そんなことばかり考えていたけど、自分はありのままで杉崎と接していればいい。それがわかってなんとなく安心したのだ。季節は夏。テスト期間を終えれば、真也と悠美は夏休みを迎える。当然、新作づくりに励む真也だが、その新作づくりに、新たなモチベーションが加わった。
「じゃあ、お互いテスト頑張ろうか。それからだね。」
「はい。真也さん、再試とかなっちゃだめですよ。ていうか、再試なんてなったら、勉強と活動を両立してる先輩だなんて真也さんを紹介したわたしが疑われるので。」
「しないよ。おれを誰だと思ってるのかな?」
「嘘ですよ。念のために言ってみたけど、真也さんには必要ないですよね。わたしこそ頑張らなきゃ。じゃあ、テスト明けにここで。」
そういって、二人は部屋をあとにして、お互いの行くべきところに向かう。この場合は、帰るべきところに帰るといったほうが正しいだろう。真也にとって、悠美はいつでも上にいるのではないか、とおもう。悠美はしっかりしているし、人に気配りもできる。そんな悠美が、自分を他人に紹介した。そのことがプレッシャーではあるが、それよりも出会いを大切にしたいと真也は考える。まずはテスト。時刻はもう夜7時で、さすがに夏場であっても太陽は沈み、空は夜の明るさになっている。
「今日から始める」
真也は自室でそうつぶやくと、今までの自分から変わると決心し、テストに向けて勉強を始めるのだった。


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