見出し画像

私たちも罪人だったかもしれない

「ニュース見たらさ、一瞬自分かなって思っちゃったよ」

ママ友と話していた時に言われて心底びっくりした。

前日に住んでいる同じ市で2人の幼子を殺してしまい母親が逮捕されたニュースが報道されていた。確か3歳児と1歳児、寝ていたところ首を絞め殺してしまったと。近所の人から見たら一戸建てのマイホームで幸せに暮らす4人家族だった。

ママ友が言った言葉に心底びっくりした理由は私も全く同じ思いだったのだ。
当時うちの子達は殺されてしまった子たちとほぼ一緒の年代だった。言葉が通じない生き物と片時も離れず世話をするのに毎日憔悴しきっていた。疲れが取れたときなんて一瞬たりともなかった。

はたから子煩悩そうに見えたが家では追い詰められ、限界を越えてしまい首に手をかけてしまった母親は私たちだったかもしれない。

実際、「カッとなって自分の子供を殺してしまいそうなんです」という児童支援センターなどへの相談は少なくはないと聞いた。自分の場合もどうしようもなくなり、手をあげそうになったことだって正直何度もある。子供と一緒に泣いたことだってある。育児は人間力を試され、そしてとくに母親は今まで感じたことのない孤独を味わうことが多い。そしてやっぱり向き、不向きってあると思う。


シングルマザーによるネグレクトで子供を死なせてしまったニュースが流れるたびに私は母親に全責任を負わせる社会を恨む。可愛い我が子の未来を奪ってしまった母親ももちろん取り返しがつかない罪を犯しているが、結果ネグレクトになってしまった一つ一つの要因というのはこの日本の社会のシステムに大いにあると思う。
誰だって我が子は自分の命を引き換えにだってできるくらい可愛くて大事な存在だもの。

どうしてそうなってしまったのか、とネグレクトに至るまでの過程が知りたくて
山田詠美さんが書いた「つみびと」を以前読んだ。
これは2010年に大阪で起きた二児放置死事件をモチーフにしている。若いシングルマザーが幼な子2人を放置し、餓死させてしまった事件。あくまでモチーフなのでフィクション。母親、その母親、そして2人の子供たちの視点から交互に書かれている。幼い子供からの視点は心が痛くなりすぎて読めないくらいだったのですが、やはり背景に何があって死なせてしまったかを想像すると母親だけの責任とは思えない。フィクションではあるけど実際罪を犯した母親がどういう状況、そしてどういう心理状態だったのかヒントがもらえるような気がした。

画像1


どうか育児の孤独、大変さの事実を誰しもが共有できて子供も親も生きやすい世の中になって欲しい。国からシングルマザーや保育施設への補償を増やしたり物理的にできることもあると思う。そして今私ができることは小学生になった長女と長男に幸せなこと、楽しいことを教えてあげると同時に、世の中にはたくさんの悲しいことも起こっている現実を伝えたい。人間の弱さも知ることと同時に人に愛情を与えることができる人間になる手助けになるといいな。ネグレクトや虐待なんて決してあってはいけない。


この記事が参加している募集

いま私にできること

with リクルート

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
6
写真家。母。zine "boys in tokyo sentimental"東京の街の写真を撮っています。現在シドニー在住。