大好きな場所について
ドラマ『ワンダーウォール 』を見てしみじみ思うのは、生産性だの経済効率だの有用性だのといった「大義名分」ではなく、自分の好きなものを静かに普通に大切にしていきたいということである。今日は、そのうちの一つ、大好きな場所を久しぶりに訪れることができた。
その場所を訪れたきっかけにはもちろん例の「推し」がからんでいるのだが、初めて『萌の朱雀』を見たときに「こんな日本に風景があったとは」と思い、それから15年、本格的に尾野真千子という人に魅せられてしまったある日、朝刊に『萌の朱雀』のトンネルが出たのである。で、「この場所、もしかしたら行けるのでは」と思って早速実行に移した。しかし、五條市まではすぐにわかったものの、そこから先がわからない。柿の葉寿司屋さんで聞いても、「いやーどこかしらー」というレベルであった。仕方なく五條市役所の観光課に行ってみたら、さすが観光課、くわしく教えてくれて、感動的なトンネルとの再会を果たし、さらには主人公のみちるさんが住んでいた家にまで行くことができたのだった。その時にここの空気が好き、と感じたことがあらゆることの始まりである。挙句に、いつでも来たい時にここに来られるようになりたい、と思い、運転技術にも磨きをかけ、今では一人で行って帰ってこられるようになった。
サン=テグジュペリの「星の王子さま」で、王子さまと友だちになったキツネは麦畑の話をする。パンを食べないがゆえに麦に何の思い入れもなかったキツネが、王子さまと友だちになったことで、王子さまの金髪に似た麦畑を見るたびに王子さまのことを思い出すだろう、と言う。また、物語の終わりで王子さまは故郷の星に帰ることに決めるのだが、その時に王子さまは「僕」に向かって、どこかの星に咲いている花を好きになったら、星を見るだけでその花のことを思って幸せになる、と言う。つまり、何か特別な思いがあると、同じ景色を見ても特別な気持ちになるのだ。私にとって五條のあの緑の風景は、多分尾野さんに裏打ちされたがゆえに特別なのだろうと思う。現に案内板に「五條」という文字を見ると気持ちが浮き立つようだし、「西吉野」のカッキーの看板を見るとそのテンションはさらに上がるような気がする。ただ、あの風景に感じるものは単にそれだけでもない。老朽化を理由にバスが通らなくなったトンネルが今でも壊されずにあるのを見るとホッとするし、風景が全然変わらないことにもとても安心する(別に私の故郷でもないのに)。だからこの町は絶対になくならないでほしいし、変わらないでいてもらいたいと思う。これは多分キューピーたちが近衛寮に抱く思いと同じものなのではなかろうか。
そんなわけで今日は久しぶりにあのトンネルを訪れた。途中の風景は何も変わっていなかった。世の中がこれだけあたふたしたあとも、相変わらず鮎菓子のお店は開いていたし、豆炭は作られていたし、川島小鳥さんが撮った尾野さんのポスターもそのままあった。トンネルの写真を撮っただけですぐに帰ってきたけれど、それでもとても幸せな気持ちである。テレワークになって以来仕事が増えてなかなかハードな「闘う毎日」を送っていたけれど、そういう憂さもなんだかスッキリ減ったようだし、また闘い続けられそうな気もする。さらに発見したことは、職場とこの場所が思いの外近いということで、車なら十分通勤範囲なのである。大阪の街がおかしなことになるようなら、五條市に引っ越しても仕事は続けられるなあ、と取り止めもないことを考えたのであった。
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