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オノマチ礼賛記—『茜色に焼かれる』(ネタバレあり)—

 『Mother』で気になっていた女優さんに『カーネーション』で心を射抜かれ、以来10年、公開作品はもちろんのこと過去作品も遡り、その演技にずっと魅せられている。そして今、私は最高に幸せである。『茜色に焼かれる』があるからだ。

 ファンになって以来、何度も「凄いもの」を見せられてきた。『カーネーション』の糸子の猪突猛進、『火の魚』の折見さんの端正な居住まいと大粒の涙、『最高の離婚』第4話の心情吐露シーン、『足尾から来た女』の朴訥でまっすぐな少女、『長谷川町子物語』のすっかり歳をとった後ろ姿と歩き方、『坂道の家』の美しくエロティックな悪女、『フジコ』の狂気をはらんだ怖さと美しさと一抹の寂しさと哀しさ、『夏目漱石の妻』の明るさと大らかさの後ろにある襞、『起終点駅』や『素敵なダイナマイトスキャンダル』の美しい儚さ、『麒麟がくる!』の頼もしい参謀っぷりなど、他にも山ほどあるんだけれど、とにかく「役をちゃんと見せてくれる」という点で私はこの人に裏切られたことがない。

 ただ、一つだけ贅沢を言わせてもらえるなら、スクリーンのど真ん中で大暴れしてほしい、という思いがいつもあった。ドラマにはうなるような名作がいくつもあるが、映画には「これこそ尾野さんの真骨頂!」という作品がそれほどないような気がしていた。私にとって尾野さんはポルシェの四駆なので、近所のスーパーだけ行って帰ってくるのはもったいない。いい役もたくさんあるが、もっともっと映画全体をこの人にお任せしてほしい(ダイナマイトスキャンダルの母の生涯、みたいな)、と思っていた。そんな気持ちが今回、ついに、ついに、ついに!満たされたのである。石井監督の手によって。

 石井監督で主演、と聞いた時点ですでに期待はMax、物語の筋を知り、さらにポスターや場面写真を見るにつれて期待度はMaxを振り切っていた。そしてついに5月21日、この映画を見ることができたのだ。

 この映画はまさに尾野さんの魅力炸裂、この人にしか作り出せない「凄いもの」が映画中にみなぎっていた。普通に見えるけれど鬱屈を抱えたシーンではちゃんとその鬱屈が伝わるし、心情を吐露するシーンではそれを聞くケイちゃんと一緒に共感して泣いてしまうし、ヘラヘラした担任にピシャリと言い放つシーンでは背筋が伸びるし、恋のシーンでは乙女になってしまった良子さんにこちらもニヤニヤしてしまうし、その恋が裏切られたらこちらまで悲しくなるし、居酒屋のシーンでは悔しいやらケイちゃんの告白が切ないやら、神社のシーンではついに現れた女豹の本性に圧倒されるし、暮れない茜色の空に包まれながら自転車で走るシーンでは心からエールを送ってしまうし、ラストシーンは泣き笑い、そしてエンドロールに大きく大きく現れた「尾野真千子」の明朝体に、作り手の敬意と感謝を見た気がして圧倒されたのだった。

 名作というのは作り手たちのまっすぐな熱量から生まれる、ということがよくわかった。そこには小賢しい計算などなく、ただ清々しい全力疾走だけがある。私は多分、尾野さんのそんな全力疾走にこれからも魅せられ続けていくと思う。

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