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自転車の鍵が異次元に吸い込まれた話

 昨日、念願の「秘密基地への入居」を果たし、非常にゴキゲンで過ごしているのですが、ただ一つ、釈然としないことがあります。自転車の鍵のことです。
 アパートでは駐車場の契約はしていないため、途中(妹宅)まで車で行き、自転車に乗り換えて現地入りしようと思っていました。しかし、絨毯が190センチもあり、重さもかなりあったため、とりあえず鍵の受け取りには車で行って、荷物を入れる間、近くに駐車することが可能かどうか尋ねてみました。幸いOKが出たので、自転車を使う必要はなくなり、楽に作業をすることができました。
 しかし、もともと自転車で乗り込むつもりだったため、当然のごとく自転車の鍵は持っていきました。それを、ファスナーのついたカバンの内ポケットに入れ、車に乗る直前にちゃんと忘れず持ってきているかも確かめていました。

 ところが、一通り荷物を入れ終えて、さあ帰るか、と思ってカバンの中を見たところ、自転車の鍵がありません。家を出てから一度も出していないにもかかわらず、です。これは何かの弾みでカバンから出てしまい、ゴミの中に紛れたかも?と思って、ゴミを集めた袋(スリッパの芯やコップを包んでいた紙など、乾いた紙クズばかりなので別に汚くはなかった)の中身を移し替えながらチェックしたけれど、見つかりません。スペアもあることだし、とこの日は一旦帰りました。
 夜、ふと「絨毯の下敷きになっているかも?」と思いつきました。以前、フランスに行った時に、帰る前日、スーツケースの鍵(平らな変わった鍵)が部屋の中で見当たらなくなり、最後の晩餐でおいしいビストロに行ったけれど半分くらい頭の中をそのことで奪われて、結局ベッドの毛布の下にあって、心の底から安堵したことがあるからです。というわけで、今日も、細々したものを運びがてら部屋に行き、着くや否や絨毯をめくってみたけれど、ありません。これはもう諦めざるを得ない、ということで、途中にあった自転車屋さんで安ーいキーホルダー(110円)を買ってスペアキーに取りつけ、この件は完了したのでした。
 
 ここでふと思い出したのが、村上春樹の『国境の南 太陽の西』に書かれたエピソードです。ジャズバーを営み、幸せな家庭を築いている主人公の「ハジメくん」は、かつてのガールフレンド、島本さんに似た人を見かけて後をつけます。ところが途中で男から封筒を渡され、慇懃に「彼女に付きまとわないように」と言われます。その封筒の中には10万円が入っており、ハジメくんはそれをオフィスの机の鍵のかかる引き出しに入れました。その後、島本さんとのきちんとした再会を果たしたハジメくんは、いよいよ島本さんに心を奪われ、やがて深い仲になり、全てを捨てて二人でどこかへ行こう、ということになるのですが、旅先で島本さんは姿を消します。一人で戻ったハジメくんは、久しぶりに10万円の入った封筒のことを思い出し、引き出しを開けてみたところ、不思議なことにその封筒はなくなっていました。

 鍵のかかる引き出しにしまって全く手も触れていなかった封筒が忽然と消える、というのは小説なら書けることですが、現実に、内ポケットに入れて手も触れていなかった自転車の鍵が忽然と消えてしまったとなると、これはもう異次元空間に吸い込まれたと考えるしかない、と思っています。

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