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3/8 賢治のフレーズ「こんなこと実にまれです」

おはようございます。
宮沢賢治の『皮トランク』という作品中に何度もでてくるセリフが今日のタイトルです。
主人公は賢治とおぼしき斎藤平太。とある田舎の村長の息子で、工学校卒業後建築図案設計事務所を開くが、廊下がなかったり、階段のない建物を作ってしまい東京に逃げてしまう。東京でいろいろやらかしながら2年、母親病氣の知らせで田舎に帰ることになる。その際、大きな皮のトランクを買って(中に入れるものはないのに)帰郷すると、その皮トランクを子どもたちに珍しがられる。父親は皮トランクを見て苦笑いをする、という、ただそれだけの短いお話ですが、作中で9回同じフレーズが使われている。コレ、音読しているとちょっと癖になるんです。
そして、この〈ささやき〉は誰が発しているのか、どこから聞こえてくるのか、と考えると、賢治の水脈、源泉に近づくようにも思えます。

  1. こんなことは実にまれです。……担任が通信簿の点数勘定を間違えて、運よく卒業してしまったとき

  2. こんなことは実に稀です。……設計事務所を構えるなり即座に2つの注文が入ったとき

  3. こんなことは実に稀です。……大工たちが平太を見ると、変な顔をして下を向いて物を言わないようにすること

  4. こんなことは実に稀です。……文教場の大工たちがなぜか横に歩くのをいやそうにしていること

  5. こんなことは実に稀です。……消防小屋の大工たちがなぜか上下の移動をいやそうにしていること

  6. こんなことは実に稀です。……2つの工事が同じ日に完成したとき

  7. こんなことは実に稀です。……出来上がった文教場に廊下がなく教員室に入れなかったとき

  8. こんなことは実に稀です。……出来上がった消防小屋に階段がなく二階に上がれなかったとき

  9. こんなことはごく稀です。……トランクに入れるものがなかったので親方から要らない絵図を30枚貰ってそれをトランクに詰めたとき

全部同じようですが微妙に変えてある。
1から8は前半の田舎での出来事、9は東京から田舎に帰る直前です。
1から8は「実は」が使われ、9だけ「ごく」を使っています。
細かく見ると、1だけ「まれ」とひらがな表記で、それ以外は「稀」と漢字表記ですね。

「こんなことは実に稀です。」というフレーズについて、思想家・吉本隆明は下記のように言っています。

これは芝居でいいますと、語り手に対して楽屋の裏のところで全体の芝居の進行をみながら役者さんに間違えた台詞をあれしたり、あるいは忘れた台詞を教えたりしているプロンムターみたいな役割

吉本隆明の183講演

この言葉は何に帰着するのかということは非常にわかりにくいところですし、あえてあまり決めないほうがいいように思います。つまり宮沢賢治の世界で、この言葉がどこから出てくるのか、どういう質でもって発せられてくるのかということはたいへん微妙なことでありますし、宮沢賢治の世界全体に関係することですから、あまり決めないほうがいいように思います。つまりどこかから出てくる言葉であって、ただ明らかなことは物語を語って進行させている語り手の言葉の次元、位相とは違うところから出てくる言葉だということは、非常に確かなことです。

吉本隆明の183講演

賢治作品にはこのようなフレーズ、それはかっこ()や〈〉でくくられ形でよく登場します。
作者である賢治以外のもう一つの視点とでもいうのかな、例えば岩手山だったり、透き通った風であったり……。
『皮トランク』の場合は、斎藤平太に付き添っている「なんらかの存在」が言ってるようにワタシには感じられます。
なにかしでかす度に、平太の耳元で「こんなことは普通は起こらないもんだよ」とつぶやく声がある。平太はそれをハッキリと認識しているときもあれば、そうでないときもある。
影の声だと、もっと反対のことを言いそうだけど、この声はよりもっと中立的な感じですね。
平太がこの声と対話していくようになると、物語はまた違った展開になるのかもしれません。

読めば読むほど、賢治という人は内面に活火山を抱え込んでいた人だと思うんです。ものすごいエネルギーを秘めていた。
日本人は、彼の作品をセンチメンタルに受け取りがちですが、いやいやそうじゃない、賢治は激しいし、愉快だし、なんならロックンローラーと言ってもいいほどだと思う。ドロドロもしてるし、もがいているし、どうしたら突き抜けられるかをずっと考えている……。
一部はそれらを作品に落とし込むことで表現し、それ以外は多方面の無料奉仕などの実践を並行して行っている。多面体すぎる。

代表作はすでに一般論が出来上がっているので、ともすればそれらに引っ張られそうなので、未熟な今はこれらを避けています。あまり注目されていないような作品、彼の内部の嫉妬や憤怒やジレンマのようなものが見え隠れする小作品を、ネット情報なども頼りにしながら、ぽつぽつとじぶんなりに読み解いています。

今回は繰り返しのフレーズの出どころについて、意識することができたように思います。それを意識するだけでも、立体的な読み方ができるようになる(かも)。

ではでは今日もご機嫌元氣な1日にしましょう。


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