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「おかえり、タオちゃん」ショローと子猫 その6

 捕獲成功

2/17の早朝、ヒメノさんから電話があったとき、ワタシはすでに準備万端だった。説明しようのない予感があったのだ。
「今、捕獲器に入りました! 今から捕獲器ごと持って行きます」
「おおーっ、ありがとうございますっ!」
ヒメノさんの声は冷静だったが、だからこそにじみ出てくるなにかがあった。
なんだろう、山里の小さな温泉がポコポコした音を立てているような。
飛び立って家の前で待っていると、朝ぼらけの中、ヒメノさんが長方体の捕獲機をワッセワッセと運びやって来た。
この図、正義のヒーローだ。

玄関に入り、捕獲器の中を覗き込む。
右肩の黒い丸、お習字のとき墨が垂れてしまったような鼻横の点。
タオちゃんだ。

ガッシャ―ンしたときはびっくりしたよね、きっと。

「おかえり、タオちゃん。すごく元氣そう」
「ええ、そうですね」
「それにしてもこんなにすぐ捕まってくれて……」
「ええ、ホントに」
「よかった~、ホントによかった」
「じゃ、ボクはこれで」
ワタシは去っていく猫の守護天使に深々と頭を下げた。

帰還後のタオ


さて、捕獲器ごとリビングに運び入れると、それまで静かだったタオが
「ヒャーッ、ヒャーッ」
と鳴いた。
なにこの声、初めて聞くわ。こんな声も出せるのか?
「タオちゃん、どうした? おうちに帰って来たんだよ。ほら、みんな、いるでしょ?」
その「みんな」は知らんふりだった。
コレが猫界の思いやりなのか?
少なくともタオが氣マズい思いをしないことは、ニンゲンのショローにも分かった。

「さ、もう出ていいよ」
捕獲器の扉を開けると、タオは不安げに鳴きながら、そろり…と、外に出てきた。
あ、ここ、知ってる。
そうそう、タオちゃんのおうち。

極寒の時期10日間も外にいたとは思えない。
ちっとも痩せてないじゃん。
そういや、ヒメノさん、「2日目からドライフード食べに来てた」って言ってた。どうやら、ひもじい思いはしなかったらしい。
見たところ毛艶もよく、怪我や病氣もしていない様子。

やがて彼女は腰を低くしたまま、素早く脱衣所に移動し、洗濯機下への潜り込んだ。
これは、来客があったときのタオの行動パターンである。
よかった、覚えていたんだ。

落ち着くまで、そっとしておこう。
「タオちゃん、おなかすいたら、コレ食べてね」
洗濯機の近くに、ごはんの皿を用意する。
タオは息を殺しているらしく、無言だった。
ときどき不安氣に鳴いていたが、1時間も経つと周囲に注意しながら、リビングにやって来た。
やがて毛繕いをし始める。
おじちゃん猫たちに、いつものゴッツンコをする。
あ、もう大丈夫ね。

お外は見るだけにしてくだしゃい。

お世話になりました


そこで、ワタシはほうぼうに配ったチラシを回収して回った。
駅やコンビニには他の猫の迷い猫捜索ポスターがまだあった。
早く見つかりますように……。

保健所に捕獲器を返却しに行った。
すぐに捕獲器を必要とする人がいないとも限らないからだ。

「猫ちゃん、見つかったんですか?」
「ええ、11日目で家に戻りました、皆さんのおかげさまです」
「それはよかったですねぇ」
「はい、ありがとうございます」
いたるところで同様の会話を繰り返した。
この会話なら、いくら繰り返してもいいと思った。

チラシ回収を終えて帰宅後、玄関先にタオの写真を散りばめたボードを作った。まだ探してくれている人がいるかもしれない。
「2/17,タオ無事帰還!
皆様ありがとうございました」

黒と赤のマジックで,大きくメッセージを書いた。
段ボールいっぱいにタオの顔写真を貼った。
どうぞ、チラシを渡した人たちが見てくれますように。

おじちゃんズの「なんてたってアイドル♬」

連鎖反応?

タオが 帰宅した日、監視カメラ情報を寄せて下ったIさんからLINEが入った。
「今度はうちのコナツが脱走しました」
ええー、連鎖反応だろうか?
「探し方のコツを教えてください」
「いやもぅ、ワタシなんてご近所さんの協力と応援だけで……」
Iさんはすぐさまチラシを作成し、そこにはなんと、
「タオちゃんは無事に帰宅したそうです」と付け加えられていた。
今度はワタシがコナツちゃんを探す番だ。
「コナツちゃん、早くおうちに帰ってね」
こうやって、みなさんもタオを探してくれたのだな。

翌朝のLINEで、コナツちゃん帰宅を知った。
よかった、よかった、ホントによかった。
そして、よその猫さんでもこんなふうに喜べるんだな、と思った。

爪は立てても、ちょっと痛い程度に。

タオの変化

帰還から2か月経った今、タオはこんなふうだ。
寝室を解放する朝のひととき、毎朝決まって、タオはちぃちぃと連れ立ってやって来る。
耳が聞こえない夏子は、彼らの姿が視界に入らなければおとなしいままだ。
それをいいことにタオは布団下のワタシの足先にとびかかる。
いのちの輝きをまとったタオ、遊ぶことに夢中のしなやかな肢体。
今日もご機嫌元氣でいてくれてありがとね、と思わずにはいられない。

撫でられるようになったのは、この布団の上からだった。
ちぃちぃにくっついてワタシのそばに来るようになり、最初はしっぽから。
まっすぐに伸びた漆黒のしっぽは触られても抵抗がないようだった。
続いて腰、背中、後頭部、と少しずつ触る場所を広げていく。
「なにすんの?」
と振り向いて噛みつくことはあっても、思い切りではない。
爪を出すのもちゃんと加減する。
そして、タオが嫌がったらすぐに撫でるのをやめる。
これを繰り返して、最近はワタシの顔を舐めるまでになった。
なんと、ね。

そして、日に日にゴロゴロ音も大きくなってきた。
ゴロゴロ音の強弱やリズム、出し方などは猫によってさまざまだ。
一昨年の暮れに亡くなった玖磨はゴロゴロ音を発しない猫だった。
「玖磨ちゃんもゴロゴロ音を出せるようになるといいね」
結局、玖磨がゴロゴロ音を出せるようになるまで数年はかかったと思う。
繊細な彼は、オープンハートするまでそれだけの時間が必要だったのだ。

一方まだ若く、いざとなったら肚が座るメス猫のタオは順応性が高い。
賢い彼女は、ゴロゴロ音の効用に氣づいたのだ。
容易にヒトをたらしこめ、ジブンの氣持ちも落ち着く、という効用に。
このテクニックが生涯タオを助けることは間違いない。
まぁ、その恩恵の受益者はワタシだが、うひひ。

最近は、
「タオちゃん、そろそろ不妊手術しようね」
というと、ワタシの顔をじっと見て、
「ニィー」
と返事をする。
タオが人語を、ワタシが猫語をそれぞれ解して歩み寄る過程。
焦らず、ゆっくりそれを味わっていこう。
この他にも、外暮らしがタオにもたらしたものは、今ワタシが考えている以上かもしれない。
それはいつか分かる日がくるかもしれない、来ないかもしれない。
今は、CoCoからの贈り物で陰陽を身にまとったタオが目の目にいる。
それだけでいい。

ありがと、タオ。
今日もご機嫌元氣な日にしようね。

孕まなかったものの、からだは大きくなりました。

※「ショローと子猫」はいったんこれで終了です。お付き合い、ありがとうございました。ショローと6にゃんずの物語はまだまだ続きます。乞うご期待! 南里秀子






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