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おぞましき自然よ(当たり前よ)

行き止まり、行き止まり、どこの道も全てが行き止まりだった。
雨はパラパラと、山に差し掛かるにつれて降ってきた。
東京はあれほど晴れていたというのに。
仕方なく車を停めて、団子屋に入る。
団子屋の爺さんが私たちを見るなり、東大生かい?と言う。
いいえ違いますよ。
昨日からなあ東大生がそこの神社でお茶合宿をしているんだよ。
お茶合宿ってなんですか?
知らないんか、ここはお茶で有名なんだよ。
へえ、初めて知りました。
どうしてこんなにも通行止めが?
昨日こないだと、ずっと大雨だったんだよ。土砂崩れが上流で起きた。
そうだったんですね。
爺さんの話が永遠に続きそうな感じがした。
お礼を言ってまた車に乗る。
いい感じに河原に降りれるところはないかと、車内から目を凝らす。
せっかくカメラを持って遠出したのに、天気が良くないという災難に見舞われたことで、車内は少しだけ不穏げな雰囲気に包まれている。
もう9月になっている。
雨が車にあたる音だけが目立って聞こえる。
さっき来たばかりの道を引き返している。
川は段々大きく広がり、山道は平地へと変わっていく。
民家が増えてくる。
どうしてこのメンツで出かけるといつも雨が降るんだろうね。
お前のせいか?いやお前のせいだ!という会話だけは明るかった。
釣り人専用無料駐車場という看板が目に入った。
車は一台も停まっていなかった。
看板に小さく、釣り人以外が利用した場合は1万円を頂きますと書いてある。
いやそいつが釣り人かどうかなんて、一体どこで判断するというのだ。
まあいいかと言って停めるが、バレないか少し不安だった。
河原に降りるためのハシゴがしんどく、カメラを守るのに必死になる。
降りるといい景色が広がっていた。
雨は小雨に落ち着いていて、川はまだ濁ってはおらず、透明だった。
さっきの爺さんの話を思い出す。
上流で土砂崩れがあったということは、多分ここも安全な場所ではない。
それはわかっているのだが、馬鹿なので、もう三脚を立てている。
もし土石流が来たら、このカメラ(ローン未完)を置いて逃げ去るしかない。
土石流は、川が落ち着いて見える時でもいきなりやってくる可能性があることは、『ボーイスカウトハンドブック』で読んだので知っている。
死ぬかもしれないという意識を強く感じるが、このまま帰るのがもったいないという人間らしい愚かな気持ちも同じぐらい強い。
ジェームズ・べニングみたいな風景の映像を、とりあえず15分ぐらい撮るためにこの遠出を決行した。
ジェームズ・べニングの考えがあまり理解できなかったので、真似をしてみようとなったのだ。
画角を決めて、Recを押して、腕を組んで、静かにして待つ。
15分がとんでもなく長い。
土石流の前兆がないか上流の方をずっと見つめ続けていた。
轟音が聞こえないか、耳を澄まし続けていた。
こんなでかい自然の中では、私たちも、カメラも、等しく価値がない。
簡単に消えてなくなってしまう。
その恐怖が時間の流れを遅めていた。
自然の恐ろしさを感じる感覚は生々しく、まるで包丁の先を舐めているようだ。
都会生まれだから、元々持ち合わせていない、この感覚に対する反応を。
目が悪くて、上流の果てまで見ることができない。
時計を見たらやっと10分経ったところだった。
目配せをして、また腕を組む。
川の流れの音しか聞こえない。
考えていた。
ジェームズ・べニングもこんな恐ろしい思いをしながら撮影をしていたのかも知れないということ。
正直ジェームズ・べニングのことは馬鹿にしていた。
なぜだか霧が濃くなってきている。
同じ景色をずっと見続けているから少しの変化でも気がつける。
ハイ、カット!
そそくさとカメラを外して、三脚を畳んで片付ける。
一刻も早くここから逃げたほうがいい。
死にたくないね、と言う。
車に乗り込んで、走り出して、やっとホッとした。
怖かったね、本当に、渋谷や新宿なんかよりも全然。
コーヒーが飲みたい。
温かいコーヒーが飲みたいからコンビニに寄ってよ。
もう日が暮れ始めている。

2024/9/8 栃木県鹿沼市大芦川


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