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【物語】豆腐屋

 気が付くと、私は交差点の真ん中にいた。周りを見渡してみるに、どうやら商店街のすぐ傍である。おそらく私は、ここを右に曲がって真直ぐ進んだところの豆腐屋に向かっていたはずである。何故こんなところで立ち尽くしていたのか分からない。私は再び歩き出し、目的の豆腐屋に向かった。
 商店街の入り口に差し掛かると、そこはいつになく閑散としていた。いつもの活気を失った商店街は、まるで初めて訪れた土地のように感じられた。私は何となくいやな気持になったが、商店街の奥に向かって吹き込む風に背中を押され、歩き続けた。
 八百屋では店先に蛇が並んでいた。花屋では馬の脚が鉢に差さっていた。肉屋では烏が揚げられていた。魚屋では犬の死体が氷漬けになっていた。私は立ち止まってそれらをよく見ようとしたが、足は不思議と止まらなかった。見知った顔が向こうに見えたので挨拶をしようと思ったが、どうやら様子がおかしい。私は、どんどん首が伸びていく彼を横目に歩き続けた。
 そうしているうちに、目的の豆腐屋にたどり着いた。私の足はようやく止まり、その代わりに今度は私の口が店主を呼び始めた。店主はすぐに店の奥から出てきた。それでも私の口は止まらない。店主の名前が漏れ出る口を押さえながら、一丁分の代金を取り出して店主に渡すと、黙って突き返された。私の手に乗っているその小銭をよく見ると、それは天道虫であった。私は驚いて顔を見上げた。店主の顔は牛になっていた。

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