バイト先 売上金盗難事件
僕は目の前で人が警察に連れて行かれる瞬間を目撃した。
某商業施設のフードコートでアルバイトしていた時のこと。
ある日突然、1人の男の子が新しくアルバイトに入ってきた。
彼は名を"野口"と名乗り、当時18歳のどこにでもいるような高校生男子だった。
基本的にレジ業務を任せられることとなり、物覚えが良く早くも1人でレジを任せても安心な程のスキルを身につけた。
出勤時も余裕をもって店に入り、すごく真面目な印象を受けていた。
そんな野口くんが入ってきてから3ヶ月ほど経った頃、店におかしなことが起き始めていた。
最後のレジ締めの際に、レジと金庫内の金額が合わないことが多発していたのだ。
ピークの際に誰かがレジの操作を間違えるということもあっただろう。
だが、それにしてもあまりに頻繁に起こるこの現象に我々は多少の違和感を持ち始めていた。
しかし、その違和感が確信に変わる出来事が起こることとなった。
僕はいつも通り昼間にバイト先のお店へと入っていった。
するとそこには、数人の警察官が立っていた。
警察⁈これは只事ではない!
何が起きたというのだろう?
すぐさま僕は店長に状況を伺った。
「今日何かあったんですか⁇」
すると店長は重い口を開いた…
「売上金が無くなった……」
やはり只事では無かった⁉︎
とうとう起きてはいけないことが起きてしまった。
数日前からその序章は始まっていた。
だが、そんな状況でも営業を止めるわけにいかない。
現場ではバイト数人と野口くんがレジに立って必死に仕事をしている。
僕も店長に唆され、急いでキッチンに入り出勤した。
少ない人数で店を回しているからか、同じアルバイトの女の子が僕にこう言ってきた。
「あんまり野口くんをレジに立たせたくないんですよね。」
この状況では、野口くんではうまくお客を捌けないということなのだろうか?
そう思いつつも僕は必死にキッチンに没頭していた。
仕事中も仕事のことなんて考えてられない。
どうしてもこの店で今起きている窃盗事件の方が気になってしまう。
そのせいか、仕事中ミスが多発してしまった。
その様子を見てか、野口くんが僕に聞いてきた。
「今日なんかあったんですか?」
どうやら野口くんは、この状況を聞かされていないみたいだ。
そんな彼に僕は今この店で起きていることを説明した。
それを聞いた彼は驚きを隠せない様子だった。
「ええーー⁇そんなことあったんですか⁈」
驚くのも無理はない。
たしかにこういった案件を店長が新人バイトにわざわざ伝えないのも分かる。
知る必要がないことだから。
現在この店で起きているとんでも犯罪をよそに、時刻が昼時を知らせ僕は2時間の休憩に行かされることとなった。
休憩室にいても全く落ち着かない。
売り上げ金盗難のことが頭から離れない。
だが、考えていても仕方がない。
とりあえず僕は午後からの営業に向けて少し仮眠を取ることにした。
2時間の休憩時間が終わり、休憩室から店に戻る。
店のドアを開けてみたところ、その場には警察官といっしょに野口くんの姿もあった。
どうやら、今回の件で話を聞かれていた様子である。
すると1人の警察官が、僕に声をかけてきた。
「すみませんが、荷物チェックさせてもらっていいですか?」
余談だが、何故か僕は警察から荷物チェックされる機会が多い。
今回もすんなりとその要望に応えた。
僕は今日売上金はおろかレジにすら触っていない。
だがこういった状況下では、もしかしたら自分がやってしまってるのではないかという不安に駆られる。
大丈夫、自分は絶対にやっていないのだから。
警察官がリュックを確認し終わり、僕の荷物チェックが終わった。
当然といえば当然なのだが、リュックから何も出てこなかったことに深く安心した。
無実だと証明された僕はそのままキッチンに入り、先にレジにいた店長と共にアイドルタイムの営業に入った。
「今みんなの荷物チェックしてるとこなんですねー」と店長に話しかける。
「ごめんね協力してもらって。僕らもやってもらったから、全然荷物チェックしてもらってるところやねん。ありがとうね。」
「まだ見つかってないんですねー」
雑談程度にそんなことを話していた。
話を終えて一旦店長が、隣の控室に入って行った。
その後僕はお客さんから入ったオーダーをチェックし、料理を作ることに集中していた。
するとその時、
先ほど控室に行ったはずの店長が、すぐさま現場に戻ってこう言ってきた。
「黒が出たわ…」
黒⁈
黒が出た?
それはどういうことだ?
状況が飲み込めない僕は、すぐさま店長に説明してもらった。
「野口くんやわ…」
え⁈
驚きのあまり料理を作る手が完全に止まった。
野口くん?
まさか、こんなに近くにいた奴が?
店長からの話によると
先ほど僕が荷物チェックをされた後、次は野口くんが荷物チェックをされたらしい。
警察官が彼のカバンを漁ると、中から出てきたのは……一つの帽子だった。
帽子?帽子がどうしたのだろうか?
しかし、この帽子こそが彼を犯人と決定づける最大の証拠となった。
皆さんは覚えているだろうか?
彼の行動を…
普段野口くんは出勤時刻よりも遥か早めに店に来ているのだ。
それは何も真面目な性格だったからではない。
余裕を持って出勤しようという考えではない。
誰よりも早く店に来て、売上金を盗むことこそが彼の真の目的だったのだ。
だが、この店は大型商業施設のフードコート内の店なのだ。
つまり店に入るには従業員入り口を通ってこなくてはならない。
そういった入り口には大抵監視カメラが設置されている。
店長と警察は、今回の件を探るため施設に頼んで監視カメラの映像を確認させてもらっていたらしい。
カメラの映像を見ていると、やけに早く店に来る男の姿があった。
その男が被っていた帽子……
そうなのだ。
その帽子と全く同じ柄の帽子が野口くんのカバンから発見された。
つまり、この帽子は犯人の動かぬ証拠だったのである。
実は、これ以外にも彼が犯人かもしれないと疑うべき発言があった。
それは、アルバイト女の子のセリフだ。
「あんまり野口くんをレジに立たせたくないんですよね。」
この発言は、新人だからミスが多発する可能性がある。
そんな甘いものではなかった。
彼女は気付き始めていたのだ。
最近、この子がレジに入っている日の売上金が合わなくてなっていることを。
それは普段頻繁にレジ打ちをしている彼女にしか気付けなかったことなのかもしれない。
彼は前々から怪しい行動を取り始めていたのだ。
新人バイトの野口くんが犯人だと分かった。
その時僕はある違和感を覚えた。
それは先程の昼間の営業時に遡る。
彼は確かに僕にこう聞いてきたのだ。
「今日何かあったんですか?」
お前はこの騒動の全てを知っていたはずだろう。
それなのに何故何食わぬ顔でそんなことが聞けるのだ?
事が大きくなっているのにもかかわらず、彼は一切表情を変えることは無かった。
「何を皆さんそんなに慌てているのですか?」
思い返すとそういった心境で僕たちを見ていたのかもしれない。
それがただ怖かった。
本当のサイコパスとは、こういった人のことを言うのかもしれない。
後々聞いた話だが、彼は以前この店の隣の店でもアルバイトをしていたらしい。
そこでも同じように売上金を盗んだことが発覚してクビになったのだという。
やはりこういった奴は確実に狂っているのである。
アルバイトをするなら絶対にウチよりも、前の店の方が働きやすいはずなのに。働けない理由があった。
もし、別の店で働くならもっと他を探せばいいのにわざわざ前科持ちの店の隣を選ぶあたり。
ネジが何十本ぶっ飛んでいるとしか考えられない。
今日一日で起きた出来事に僕は、吐き気さえも催していた。
もう頭は今回の騒動でいっぱいいっぱいだ。
身近でこんな事って起きるんやな。
すると、気づかないうちに一つの注文が入っていることに気づいた。
この店は約5分で提供するというスピードを売りにしている。
しかし営業のことをすっかり忘れていた僕は料理提供に10分以上もかかってしまい、客の男性から呆れ果てた表情を向けられることとなった。
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