見出し画像

夜中の夢であって欲しかった。

食パンにブルーベリーを淡く塗って食す。朝日は、カーテンに射し、部屋に深海又は夜の成れ損ないを模している。冬のセーラー服を着る。青に惹かれたのは何故だっただろう。綺麗な色だけではない私の傷に沁みる何かが、
予感。
今日は友達と何を話そう。
「いってらっしゃい」
親の送り言葉に負い目を感じた。

「ふぁ〜っ…おはよ〜陽茉莉」
「おはよう〜どうしたの?眠いの?」
「いや〜最近…」
…寝るのが怖い。起きると朝で、ご飯を食べて、学校に行く。学校は好きだけど、刻一刻と過ぎて行く時間。楽しい時間は限られていて、でも辛い時間は?そうなると、起きて好きなことをしていたい。夜中は、静かで好きだ。
「璃紗〜!おーい」
「ん?あ、最近寝不足でさあ」
「ちゃんと寝なよ〜!」
「うん。今日は早く寝ようかな」
胸に作っていた拳が柔らかく解かれる。
心配されちゃったなあ…。段々クラスメイトが集まってくる。南に開いた窓の光が左から、人と重なり途切れながらも照らしている。
「今日1時間目から移動だって、美術が入ったらしいよ」
「やった〜!あの作品まだちょっと手を加えたかったんだよね〜!」
「私も、楽しみにしてるね!作品が完成させるの!あの絵めっちゃらしくて好きだよ!」
「照れるなあ…えへへ…」
視線は、髪が揺れる度に移り変わる光と光を伝う。
美術の課題は“自分を表す”がテーマだ、画材は自由。
私は絵を描く自分を描いた。手で四角を作り構図を決める。手の四角の中にモチーフを捉えた私の目がある。
色は群青色を基調とし肌で赤と黄で彩る。紫の柔らかい色でまとめる。
画材は透明水彩。私が好きな画材だ。
透明水彩は、義務教育過程では教材として使われない。故に趣味で集めた絵の具を使っている。その妙な光景に目を惹かれるのはわかるが、あまり喋らないクラスメイトに無言でジロジロ見られるのはあまり好きではない。
クラスメイトの騒めきも静寂になっていく。
画面の色が濃く深くなりつつある。
「わぁ…すごい!これ窓が後ろにあって、真ん中に自分がいて、逆光?になってるの?」
後ろからくる陽茉莉に全く気づかなかった。
「そうだよ。逆光難しいね。そっちは?」
「んー!ぜーんぜん!頭にイメージしたことが全然表せなくって。でもこれも自分かな?って思うとなんか楽しいね!でもその絵はもっともーっとすごいことになりそうだね!」
「…ん!ありがとう!」
鐘が響く。もう終わりか…。
「陽茉莉、今日一緒に帰らない?」
「うん、いいよ!」
陽茉莉は自転車通学。私は駅まで歩きだ、今日はたまたま2人とも部活が休みだったので声をかけてみた。快く返事をしてくれたので、顔が緩む。
夕陽が空色に溶けて、影が私達に皮肉をしている。
「風が強いね〜」
風に自転車を受けよろけながら進む姿にちょっと申し訳なくなる。
「明日はもっと寒くなるらしいよ」
「え〜!やだ〜!!」
「ホットミルクが美味しくなる時期だね」
駅前の大きな横断歩道の信号を待つ。
「確かに〜!暖かい飲み物は好きー!」
蒼が目に移る。渡り始めた。
その時。
自転車が思いっきり私の横を通る。
曲がってきたトラックに自転車が、
金属、アスファルト、ゴム、人
音が混じり合って耳に押し寄せる。
的中。
紅の現場。真っ白な頭。
急いで携帯を、
「すみません、友達が、

私を庇って、」

その後はあまり覚えていない。
ただただ必死で、
「陽茉莉!ねぇ!」
哀しいなんて思ってる場合じゃなかった。

真っ白な壁が現実ではないと訴える。全身を突き刺すような匂いがする病院。
「今、血に混じった不純物を取り除いています。」
「無事なんですか?」
「粉砕骨折…です。1つの骨が複数箇所で離断している状態です」
「え、粉砕…歩けるようになるまでどのくらい…」
「頑張れば、3ヵ月…ですが、半年くらいを目安に、長いと1年を想定してください」

そんな…
私が被ればよかったのに。彼女はバレー部で私はただの美術部なのに、あの時彼女を誘わなければ、あの時、蒼しか見ていなかった。そんなの彼女を殺しかけた。と言っても過言ではない。

帰路。黒くなる雲、碧と橙色が対立する。
家の扉を開ける。無言。親に連絡は行っている。どう顔を合わせたらいいかわからず、ずっと俯いていた。
「璃紗、おかえり」
「…ごめん…なさい」
「貴方や友達が生きてて良かったのよ」
…そんなの、違う。
私は彼女を心身を傷つけた。良かった筈がない。良かったどころか、私に悪いところだらけだ、
「私が彼女を一緒に帰ろうと誘ったの」
「でも、友達は自転車だったからまだ助かったのかもしれないよ。もし貴方1人だけだったら…」
私のこと?
「そんなのどうでもいい」
私が、私が彼女を殺しかけた事実はどうあがいても変わらない。
部屋に籠る。

親は私を慰めようとしていたのに、親は嫌いではないのに冷たい態度になってしまった。どれもこれも私がいけないのだ。
明日どう学校に行けば良いんだろうか?クラスメイトに嫌な目で見られるのだろう…自分のことばっかにしか頭にないんだな、最低。
ただただ静かに、色濃くなった枕で長い夜を過ごした。

彼女が学校にいない生活が始まった。
担任は「陽茉莉さんは事故に遭いました。しばらくはお休みです。」
と伝えたのみだったが、
「陽茉莉ちゃんが璃紗さんに一緒に帰るって誘われていたの見たよ。」
「えーなんで璃紗さんは無傷なの…?!」
そうだろう。そういう反応の方が正しいに決まってる。彼女がいない学校は、胸が苦しい。いなくさせたのは私なのだから。でも彼女の方が何倍も苦しいのだろう。と、そう自分に言い聞かせることしかできない。
部活で美術室に来た。まだ誰もいない。ふと、授業で描いていた私の作品を見る。描いていた私は酷く醜く見えた。デッサンが狂っているというのではなく、ただただ気持ち悪い。青のアクリルガッシュを手に取る。濃いめに水に溶かし絵を全て塗りつぶした。ハァハァ…これでいい。自分はいないほうがいい。それが自分だ。
それから、他生徒に見られないように独り、外に出た。
とはいえ家には帰えらず、歩道橋にいた。あの子と疑似体験を、と、そんな妄想をした。携帯の着信音が遮った。
「もしもし」
「璃紗?お母さんだけど、陽茉莉さんのお母さんから連絡が来て、陽茉莉さんが貴方に会いたいって」
心臓の音。掻き乱される。
「というか、部活を欠席したそうじゃない。璃紗は部活はほぼ皆勤賞だったからって顧問が心配して家に連絡くれたのよ。今どこにいるの?」
「…歩道橋」
「え?家の反対側じゃない…どうして…?」
「ごめんなさい、考えさせて。」
「ちょ…」
プツッ…
膝から崩れ落ちる。陽茉莉は私と会って何を話したいんだろう。怖いな…ほらまた自分勝手だ。陽茉莉が私に会いたがっているのなら、例えそれが最後だとしても彼女の要望には答えなくては、償わなければ。私はできるだけ走って帰った。何も考えないように。

床に反射する自分に目を逸らし、彼女の部屋を探す。母曰く陽茉莉は2人っきりで話をしたいそうだ。手に汗を握る。
あった。
部屋の番号を見つけた。心がうるさいほど無言で入った。
陽茉莉はこちらまで痛くなりそうなほどの格好をしていた。
「璃紗!久しぶり!元気?」
「うん。体はね、本当にごめんなさい。」
「いいよ。璃紗が無事でよかった!いや〜風が吹いていたからバランス崩しちゃって…」
「…庇ったのでしょう?私なんかを」
陽茉莉の柔らかい笑顔が徐々に消えていく
「……そうだよ。」
「どうして…どうして!」
視界がぼやける。落ち着かないといけないのに。
「気がついたら体が勝手に動いてた?としか言えないかな。」
「そんな理由で身を投げたの?」
「そんな理由というか、勝手に動いてしまうほどに璃紗を守りたかったのかな?」
「でも陽茉莉はもっと仲がいい人がいるじゃない。私なんかいなくても、別に!」
「寂しいよ。そんなこと言われちゃうと。」
「…え?」
「私は大切な誰かを失いたくない。それだけ、これはエゴだよ。あの子の方が仲良いとか優先順位とか損得関係とかで友情って成り立つ物ではないと思うし、あと貴方が描く絵を見た時から素敵だから仲良くしたいって思ってたんだ。これもエゴ。私にとってもう璃紗は大切な人。友達だよ。」
「うっ…うっ…」
「そういえば、美術の授業の絵はどんな感じ?」
「塗り潰した。」
「え…それってどういう…」
「耐水性と不透明が合わさった絵の具で全部塗り潰した。」
「は、はぁ〜!?!?」
「自分がいないのが正しい。自分がいないことが自分を表すことに繋がるんだと思って塗り潰した。」
「そんな…璃紗がそう表現したいなら尊重したいけど、正しくはないよ。私が、貴方がいてもいいって断言する」
「私は陽茉莉を殺しかけたのよ。それでも?」
「うん。大好きだから。」
「…私も陽茉莉のこと大好きだから、私なんかで傷ついて欲しくなかった。」
「同じだね。私達。」
表情が緩み合う。
いつの間にか部屋が月の光が暖かく入ってくる。
「明日も来てね、早く治せるようにするから。」
「いいの?」
「もちろん!」
それからほぼ毎日陽茉莉と会って話した。そして陽茉莉は驚異的回復力を見せ、たった1か月で歩けるようにまでなった。
その後、久しぶりに学校に顔を出した。
周りに人集りができる。
「陽茉莉ちゃん!大丈夫だった?」
「…あの日璃紗さんと帰ってたよね?」
「あー…その日は風強かったじゃん!バランス崩しちゃって…。」
「本当なの?」
「でもそのおかげで、璃紗も私も無事だった。良かったじゃん。あ、璃紗!」
クラスメイトの鋭い目つきがこちらまで伝わる。だけど、
「この間の絵を描き直したんだ。でも0からではないよ。」
「どういうこと?」
「新しい画材が発売されたから使ってみたの。これを塗ると水彩の紙みたいになるってものなんだよ。」
「へぇ!見せて!」
「はい!」
「璃紗…もしかして…」
「うん。そのもしかしてだよ。」
瑠璃色と向日葵色で描いたその絵は、親友を約束するものだった。

おしまい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?