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むてきまるちゃんねるを見てたらベタを飼ってみたくなったけど、多分飼わない話

長い間、「苦手なもの」の欄に「小魚」と書き続けている。

苦手なのだ、うごうごとうごめき、死んだら死んだでぴくりとも動かないあの小さな生物が。

生きているときと死んでいるときで、全く同じまなざしをしているあの動物が、長い間とても苦手だった。

と思っていたのに、最近むてきまるちゃんねるにハマってしまった。


熱帯魚のベタが泳ぐ姿を、24時間モニターしているチャンネルだ。

そしてその情報をもとに、魚にポケモンをプレイさせている。

何言ってるのかって? 説明するより見たほうが早いと思う。

今日もやってると思うよ。


1か月以上、暇を見つけてはずっと魚が泳ぐ姿を眺めている。

あっちにいったり、こっちにいったりしている姿は見ているだけで癒される。

偶然から生み出される現象に、こうも大多数の人間が一喜一憂している姿は、見ていてとても面白い。


最初は何が何だか分からなかったけど、今では一目見ただけで、どの魚か名前がわかるようになってきた。

そうしてだんだん、ベタの飼育そのものに興味がわいてきた。


私は生き物を飼うに値しない人間だ。

どちらかというとサイコパスに近い分類の人間で、小さな命の有無にほとんど興味がない。

生き物を飼うと考えた時、まず浮かんだのは「死体の処理はどうすればいいんだろうな」だった。

告白されたときに、「別れるとき面倒だろうな」と瞬時的に思うのと似ている。


だけれども、ベタの飼育に興味が出てきてしまったのは本当だ。

ネットを調べたり、関連書籍をあさったりしているうちに、無性に本物の魚を見に行きたくなってしまった。

そこで私は、熱帯魚の専門店に足を運ぶことにした。


市内でも最大のペットショップに行ったので、品ぞろえは充実していた。

犬猫コーナーには目もくれず、私は真っ先に淡水魚コーナーに足を運んだ。

ライト、水槽、エアレーション。

水族館のように水槽が敷き詰められた、店の奥は圧巻だった。


はたして、ベタはそこにいた。

小さな金魚鉢に小分けにされて、初心者向けの熱帯魚として陳列されている。(気性が荒く、単体でしか飼えない魚だ)


動画ではわからなかったが、ベタは立体的で、3次元だった。

平面のように見える体を前から見ると、かわいらしい顔がそこに並んでいた。

こんなにも小さな生物が、意思をもって、瓶の中を泳いでいる様は、なんだか不思議な気がした。


何より目を奪われたのは、その美しさだった。

なんとも形容しがたい。最高級の劇場のカーテンのような、赤いヒレを持つベタに目を奪われた。

生きる宝石、だなんて形容されるが、そんなレベルではない。

このうろこに、この流動体に、ただの鉱物が張り合えるものか。


私は熱心にベタを見た。たぶんベタも私を見ていた。

天気の悪い、さらに閉店間際に行ったので、広い店内に客は私しかいなかった。

変な客だとおもわれただろう。


頭の片隅で私は、私が衝動買いをしないか不安に思っていた。

半面、絶対的な安心感もあった。私はそこまで心情で動く人間ではないのだ。

一目ぼれしたとしても、それを飼ってしまうということは絶対にない。


ただし私は、水槽の値段やエアレーション、ヒーターなどの値段を丹念にチェックするのは忘れなかった。


ベタを買うつもりはなかった。

だけど、もしこのベタに対する愛情が半年以上続いたら、もう一度再考してみてもいいかもしれない。

なんにせよ、冬は熱帯魚の飼い初めに適していないだろう。


私は、私の心情が不思議だった。

私は小魚が苦手ではなかったのか。

小動物の命など、どうでもいいと思うような人間ではなかったのだろうか。


自分でも、なぜこの熱帯魚にここまで心奪われるのかが分からなかった。

店内の水槽を一周すると、店内には様々な種類の魚たちがいた。

生きて動いている魚たちは、皆かわいらしいように見えた。


そろそろ帰ろうかと思う時、私は、ある水槽に目を止めた。


『初心者にもおすすめ! グッピー』

グッピーという名には聞き覚えがあった。

例えるならカラフルなメダカ、といったところだろうか。

淡水魚で、職員室の近くに水槽があった。たしかあれは小学校のころ……


いや待て。あれは……。


水槽の中の、黒い斑点のしっぽを見ているうちに、私は一瞬にして、過去の記憶が戻ってきた。


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子どものころから生き物が好きだった。

犬や猫、ウサギやフェレット。

動物に限らず、爬虫類や両生類、虫や魚も大好きだった。


通ってた小学校には、グッピーがたくさん飼育されている水槽があった。

当時の私は、その水槽を大変気に入ったらしい。

当時の理科の先生に頼み込んで、エサやり係に任命してもらったのである。

私は毎日グッピーに餌をやった。

飽きもせずに、毎日彼らの姿を観察した。

水槽の中の彼らは箱庭の住人のようで、私は見ているだけで楽しかった。


ずっとずっと、私は水槽を眺めていた。

ずっと眺めていたら、昼休みが終わっていたこともあった。

それほど気に入っていたらしい。

だからあの水槽は、今も瞼の裏に焼き付いている。


今思い返すと、なかなか本格的な水槽だった。

黒いバックにエアレーション。配置された水草のレイアウト。

水槽掃除の、小エビやコリドラスも一緒に飼われていた記憶がある。

たくさん飼育しているグッピーは、たまに寿命で死体になっていて、私はその都度、理科の先生に報告に行った。

そして先生がやってくるまで、私はその死体をもずっと眺め続けた。

生きているときのように、ずっとずっと、観察し続けた。

死んだグッピーは、白く変色し、退色していた。

目は虚空を見つめ、体の周りには白いカビの膜のようなものが生えてくる。

エアレーションの振動で、一定のリズムで浮いたり沈んだりしている。

動かないのかな、とじっと見つめてみるのだが、それが泳ぎ出すことはもうない。

たまに水槽掃除の小エビたちが死体に近寄り、そして興味がなさそうに通り過ぎていく。

そうしてチャイムが鳴って、私は教室に戻る。

次に水槽の前に来ると、やっぱり死体は浮かんでいる。


私は生きているグッピーもたくさん観察したが、死んだグッピーもたくさん観察した。

そのころから、私は給食にでてくるにぼしが食べられなくなっていた。

母や先生は食べ残しに厳しい大人だったので、私は死んだ同胞を同じ形をした食物を、必死に噛んで飲み込んだ。

死んだ魚と、水槽の味がした。(恥を承知で話すと、今でもにぼしやしらす、ししゃもなどの頭付きの小魚が少し苦手だ)


やがて私は小学校を卒業した。

餌やり係は先生に戻ったのか、それとも下級生に譲られたのかは知らない

そういえば、と友達が呟いたのは、中学生活のいつのころだっただろう。

あの水槽、全滅したらしいね、と。


小学校の下級生には一人、発達障害の子供がいて、やっていいこととやって悪いことの区別がつかないようだった。

何を思ったのか、その子は水槽の中に、袋全ての餌をぶち込んでしまったそうなのだ。

大量の餌で懸濁した水槽は汚染され、呼吸ができなくなったグッピーたちはすべて死んだ。

全滅、というのは考えられない事態だった。

なぜならあの水槽は1つの宇宙で、1匹のグッピーが死んだとしても、子供や稚魚がたくさんいたからだ。

親グッピーが老衰で死に、子グッピーが生まれ、そうして世界は回っていく。

思えば、私は生き物の世代交代というのを、あの水槽で学んだ気がする。

だからこそ、私はあの水槽が全滅したことが、信じられなかった。

子供のころの私は、何を考えていたのかわからない。

愚かで、不躾で、人の話を聞かず、能無しで、何も考えてなどなかったのだろう。そして私は、激しく下級生を憎んだ。

子供のうわさ話ほど信憑性がないものはない。だから、それが事実だったのか、噂だったのか、今でも私にはわからない。

もし、私の目の前で、あの水槽が全滅したのだったら、あきらめもついたし、その死を嘆き、この世の不条理を学べたのかもしれない。

だけど、もうその時、私の目の前に、あの水槽はなかった。

確かめに行くことすらできなかった。

そして私は、あの水槽を守れなかった。そう、だから私は小魚が……。


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気が付くと私は大人に戻っていて、熱帯魚コーナーで水槽を眺めていた。

長らく封印していた記憶が、一気に蘇ったのだ。

秒数にすれば2秒ほどだっただろうか。私はグッピーの水槽を前に、足を一瞬止めただけだ。

そうだ。だから私は生き物を飼えない。

飼いたくないのだ。

小動物の死に意にも介さない、サイコパスなのではない。

彼らの死に心を痛めるのが嫌で、知らないふりをし続けてきたのだ。


思えば私は、小動物の死にずっと心を痛め続けてきた。

救えなかった落ちた雛。田んぼの道で死んでいる、大量のカエルとおたまじゃくし。どうしようもできない、実験用のマウスやラット。

私は、私の心の動きを知った。

たかが小魚一匹だけれども、私にとっては子猫ぐらいの存在感があるのである。

スーパーで、子猫の死体を100匹詰めたパックが売られてたら、少し嫌な気分にならないだろうか。

私にとっては、それがそれなのである。

だから多分、私はどれだけベタに心を惹かれても、ベタは飼わな……

……。

いやわからん……。飼うかも……。とりあえず様子見……。


今回実験的に改行超大量に入れてみたんだけど、結構読みにくいな。もういいや。

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