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Day3】ss4 パンケーキは強い。

目が覚めたら、光が降っていた。
いつもの部屋、その中で宝石が降っているかのような、小さなランタンが昇っているかのような、優しい琥珀色のつやつやとした光がゆらりと揺らぐ。

少し意識が明瞭になると、朝焼けを受けた雨漏り……のようだとわかった。
天井には染みが沢山、滴ってくる雨は日の光を受け今の一瞬だけ琥珀色の灯をともす。早く布団を片さないと、早く雨を受けないと、意識がそう反応しても体と心は動かない。世界に一人になったような静けさと部屋の中の仄暗さ、そして目の前の揺らぐ瑞々しさのコントラストにただただ心を打たれていた。

「…どう?今なら片付けが大変なものでも美しく見えてくれるかな。」

暫くして聞こえた彼の声。

「そこには平穏と静けさしかないだろう?君は美しいものや喜ばしいものには反応してくれる、心を動かしてくれるのが僕にはわかる。だから頑張ったんだ。君が好きといった蒲公英……しかも綿のやつで君の部屋を埋め尽くしたり、色とりどりのお菓子を浮かべたこともあったね。サーカスの真似事をしたけれど君は興味を示さなかったっけ。そう、色々やった。色々やるだけの時間がたってしまったんだ。でも、もう待てない。もう君が起きてくれないと困るんだよ。本当は清らかで美しく君に相応しいもので君を癒していたかったんだけど、ごめんね。今回は僕は君が起きないといけないと感じる演出にしてみたんだけど、どうかな?」

意識の上を言葉が滑っていく。
あなたのこえは心地よく耳を打つ。
好きな声だなぁ。
しっとりとした重さの中に微かに掠れていて、少し年配の方なのかしら。

「ねぇ、はやく起きてよ。雨漏りは片付けが大変だ。はやく起きてお揃いで買った食器とか、お風呂場にあるちょっと緩んできた洗面器とかを床に置かないと。ほら、起きて?お願いだから。」

こんなにきれいな光なのに片してしまうのかしら。
もっともっと見ていたいわ。
ずぅっとここで

「今起きたなら床に置いた容器の中に琥珀色のその光を集められるよ……
そして何より今日の朝食は確りと薫香を付けカリカリにしたベーコン、チーズがとろりと溶け出すオムレツ、そして極めつけは取り寄せたコクのあるバターがじゅわりと溶け出し薫り高い琥珀のシロップをたっぷりかけた僕の特製パンケーキだけれど、本当に起きなくていいのかい?」

!!
それは、起きないと。
永くここで休んでいた気がするけれど、もうお別れね。
そんな素敵な朝食を逃すわけにはいかないわ。

ゆるりと意識が浮上する。
どうやら自室のようで、傍らでは見知らぬ人が手を握っていた。彼に風貌が似ているけれど、ちょっと年が……挨拶したほうがいいかしら?でもそれより彼に会いた

「やっと起きてくれたんだね、僕のお姫様。
ずっとずっと、本当に長い間待っていたんだよ。
君は可愛い物や美しいものが好きだから、色んな魔法を使って君を癒そうとしたんだ。最初はセンスがなかったからクマのぬいぐるみを戦わせたりしてしまったけれど最近はだいぶ良かっただろう?」

もしかして、あなたがあなたなの?
ざわりと肌が泡立つ。
私の記憶にいるあなたは肌につやがあって、声が深く心地よくて、魔法は上手だけどセンスはちょっといまいちで、優しくて、私を大切にしてくれる人。
思い返すと、見た目以外はあなたは確かにあなた。
どう、して、そんなに、まるで時間が経ったみたいに、

今まで見てきた夢が蘇る。
あれは全て彼が用意してくれたもの。
現世から離れたくてずっと夢を揺蕩っていた時に、少しでも意識を残そうと彼が奮闘してくれた証。
やっと帰ってこれた。
でも彼は、その時間をどう過ごしていたのだろう。
あの夢の世界と現世では時間はどう流れていたのだろう。
起きたばかりの頭の中で警告音が鳴り響く。

「まさか食べ物で起きてくれるとは思わなかったけど……起きてくれて、本当によかった。」

万感の想いを込めて彼は囁く。

「だいすきだ、あいしている、君に直接伝えたくて起こしてしまった。だいすきなんだ、あいしているんだ。……君は本当は休まないといけない。簡単には治らない傷を負って夢の中で癒していたのに。起こしてごめん。」

目から雫をポロポロとこぼしながら彼は囁く。

「ごめんね、ほんとうにごめん。こんな老いぼれに話しかけられて困惑しているだろう。でも今しかもう言えないんだ。ぼくはきみがすきだ。だいすきだ。あいしている。いっしょにいたい、いっしょにいきたい。君の声を聴きたかったし笑顔をみたかった。君の料理も食べたいししょうもない話をして喧嘩をして日常を過ごしたかった。
でも君の治療には時間が必要だった。ごめん、起こしてしまって。君はまだ回復に時間が必要なのに。ぼくは、きみと、さいごに、はなしたかった」

徐々に彼の手から力が抜けていく。

わたしの為と言いながら、わたしの傍に在りながら、私と未来を歩むことを諦めてしまったのね。
悪い人だわ。
もっと早く、もっと早くに起きれていれば。

いや、後悔しても仕方がない。
そういうことをするなら私にだって考えがある。


幾年も過ぎたころとある部屋にて。

「ねぇあなた。ゆっくり休んだら私にパンケーキを食べさせてね?」


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