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ねこ(仮)


ここのところ、自分で自分がわからないのです。
文章を書いていても、こんな自分のまま書き進めて公開してしまって大丈夫なのかと。もしかしたら、私はとんでもないことを書いてしまっているんじゃないかと、不安でいっぱいでした。

ずっと書き続けている文章が、テーマ的にnoteで今日(4/24)まで開催しているコンテスト『思い込みが変わったこと』に合うんじゃないかと気付き、久しぶりにコンテストに参加してみようかなと日々文章に向き合ってきました。
しかしどうにも、書きたいカタチからずれていくのです。
普段は心の奥底に沈めているどんよりしたものが、掻き回されて舞い上がる。
今まで誰にも言えなかった辛さを、ぜんぶ洗いざらい吐き出したいという衝動に駆られ、文章がみるみる太っていく。
このままじゃ、締め切りに間に合いそうにない。このテーマを文章にするには、私はまだ未熟すぎるのかもしれない。
けれど、既に7000字以上ある文章をどうしようか。いっそ、書き直した方がすっきりまとまるかな……。
そう思い、冒頭から書き直してみたりもしました。
いい感じに書けてる。と思ったのも束の間、気付けばまた同じところに迷い込んでいるのです。
まるで、何度やり直しても悲痛な運命を変えられないループもののシナリオのように。


そんなとき、『空白小説』及び『空白小説大賞』の存在を知りました。
お題は、「吾輩は猫であるで始まり名前はまだないで終わる物語」


ドキッとしました。背中にピシャーン!と衝撃が走りました。
なぜなら、件の文章を書きながら私は「吾輩は猫である。名前はまだない」という名著の冒頭の一節をまさに思い浮かべていたからです。

そこからは、食器を洗いながら、洗濯物を干しながら、頭の中で物語がふくらんでいきました。
落ち着いたところでスマホを手に取り、1時間ほど(?)で書き上げた物語を勢いのまま投稿しました。
応募作はこちら。


タイトルをつけるなら、『ねこ(仮)』でしょうか。もしくは、『吾輩は猫かもしれない』とか。
冒頭で一人称が「吾輩」って決まっているのに、最終的に「僕」って言っちゃってるけど。
そのへんも、「まだ曖昧」ってことで。ちょうどいいかなって。


そして、コンテスト『思い込みが変わったこと』の締め切りまであと24時間程ありますが、今回は見送ることにしました。
最後まで粘ってみようと思っていたけれど、それだと今日も一日中そのことで頭の中がいっぱいになって、その他のことが疎かになってしまう気がするから。
何より、このテーマは焦って完成の形にしてしまいたくない(あとで自分が後悔しそうだ)し、こうして『ねこ(仮)』という今の私にできるベストな形でとりあえずは表現することができたから。今はそれで納得しています。

500字以内に収めるという難しさはありましたが、それでも私にしては短時間で一気に仕上げられた文章です。考えるよりも早く、すらすらと言葉が降りてきた感じ。
でも、実際には1時間で書き上げたわけじゃないと思うんです。
何日も何ヶ月も何年も、向き合って悩んできた今までがあったから、今回こんなハイスピードで形にできたんだと思うのです。
そう考えると、なかなか答えの出ない悩みについて考えをめぐらせてきた時間も、無駄じゃなかったのだと。「書いて何になるんだ」と言われた過去も、救われた気持ちになりました。

コンテストは見送るけれど、件の文章は書きつづけます。
私が幼い頃から抱えつづける違和感や、生きづらさのこと。「かもしれない」という、名前のない曖昧な悩み。
いつか、納得のいく形にできたら。そのときまで、まだもう少し向き合ってみようと思います。


最後に、件の文章と『ねこ(仮)』を書いている私に寄り添ってくれた音楽を添えて。

羊文学の『あいまいでいいよ』と、Homecomingsの『i care』。あとamazarashiの新譜『七号線ロストボーイズ』の曲たち。

『i care』がいちばん、今の私の気持ちや文章の温度感には合っているかな。
とてもいい曲なので、よければ是非。

なにを選んでも、それでいいからね
あなたのこと
いつもどこかで気にかけているよ
ひとりごと並べた
手紙はまだ出せないまま
名前もない気持ち
ここにいるからね 
あらゆる色に花束を
あいまいさを撫でる光
ほどけるリボンを手にとる
結びなおす?

あらゆる色に花束を
うつりかわる朝の光
やさしくひとりきりを知る
折り重なる未来へ
明日はどんなふうに
お腹が空くだろう?
i care/Home comings

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