映画「宇宙探索編集部」を観に行ってきました
北京電影大学の卒業制作として作られた映画
主人公は、以前の人気もなくなり今や廃刊の危機に瀕しているUFO雑誌「宇宙探索」の編集長
自身もくたびれた中年男性となった(本人は気にしてる風ではないが)タン
編集長は、ある日、村に宇宙人が現れたことを知り調査に出かける
中国のSF界について知らないし、中国映画も余り観たことがないけれど、なんとなく惹かれて観に行きたくなった。
だいたい卒業制作の映画なのに、ちゃんとした俳優さんが出て、なぜ配給されているのか。
どんなシステムになっているのだろうと、まずそこに興味が湧いた。
しかも主人公は落ちぶれた中年男。
どうして、若い学生さんがこういう人をわざわざ主人公にしたのか。
きっと良くありがちな、叶わない夢を追う中年の悲哀に満ちた姿をコミカルにもしくはシニカルに描いているのだろうなと勝手に想像していた。
でも、全然違った。
むしろそんな矮小なことを考えていて、ごめんなさいという感じ。
雑誌の在庫の山に囲まれて、編集室の暖房代も払えないのに、宇宙人を探す情熱を失っていないタン編集長。
時間が止まったような編集室の中で、勢いよく蒸気を吐き出すキティちゃんの加湿器に目を奪われる。
周りの人もどこかイッちゃってる人ばかり。
唯一、まともに見えるのは、味のある中年女性のチンさん。さすがに時々ぶち切れているけれど。でも、その彼女だって、この人達と一緒に居られるのだから、やっぱり普通ではないのかもしれない。
廃刊の危機の中、ある村に宇宙人が出たという話を聞いたタン編集長は、大事にしていた宇宙服を売って調査の旅に出る。
前半部分は、ドキュメンタリー風に登場人物がカメラに向かって話しかけ、それぞれの立場を説明していく。そのため、話しかけられている気分になって、映画の中に自然に引き込まれる。
また、映画の中の世界が物語というよりは、どこか現実味を帯びて感じられ、この話が本当のドキュメンタリーではないかと思われてくる。(これは演じている俳優さん達の演技力もあるのだと思う)
さらには、実はカメラでこの映像を撮っている謎の登場人物がいて、その人物がキーマンでは?と思い始めたが、後半あっさりとその手法はなくなる。
やっぱり、登場人物は画面に映っている人だけみたい。でも、手法が変わっても違和感はない。
旅が始まってすぐに出て来る冷凍ボックスの中に保存された宇宙人の死体が、結構衝撃的だった。同時に、タン編集長には悪いけれど、正直この探求の旅はもうダメだと思った。(でも、最後になるとこれが以外に重要な役割があったことがわかるけれど)
だが、こんなのは序の口で、ライトがいっぱいついた円盤形ゴーカート?に乗った赤いキャップの隕石ハンターのおじさん、怪奇現象の起きた家の住人である鍋を被った青年と、物語はどんどんカオスな怪しさを増していく。
迷信、それとも病的な要因、はたまた本当に宇宙人が来たのか。
拡声器を通して、鍋青年スン・イートンが創作し朗読する不思議な詩が、現代社会と切り離されたような緩やかな風景の農村の中を流れていく。
やっぱり、これ想像通り、夢破れてノスタルジックな結末になるんじゃない?そんな考えが浮かび始める。というか、これどういう方向に進んでいくんだろう。だんだん、心配になってくる。
何かを暗示するように現れる、孫悟空や驢馬。
それから、中国の神話の伏羲と女媧が創り出す縄のように交わる形。
やがてそれは、私達の良く知っている二重の螺旋に繋がる。
驚くことに、タン編集長の旅は、ちゃんとタイトル通りに壮大な宇宙探索に向かっていく。
それが、監督の若さによる想像力の賜か、はたまた非凡さによる手法なのかはわからない。
でも確実に私達もタン編集長と一緒に、宇宙の深淵に辿り着く。
さらには、探していたものは遠くでなく、身近にあるという真理。
そして、失ってしまったかけがえのない存在が、もう戻ってこないことに胸が痛む。
最後の問いかけの答えは、すぐ側にあったのに。
だが、物語のラストは哀しみに包まれただけではない。人生は続いていく。タン編集長を取り巻く現実が厳しいことには、変わりないけれど。
でも、最後に出て来た鍋の姿に、生命力と未来への明るさを感じられる。
相変わらず勢いよく蒸気を放出しているキティちゃんにも。
映画製作の疑問についてもパンフレットに書かれていた。卒業制作を作るに当たって制作費がちゃんと出るらしい。(長編だと日本円で2000万くらい)
しかもこの映画の場、グオ・ファン監督が支援に回ったので(今話題の「三体」の作者の短編小説「流転の地球」を映画化した監督だそう)さらに資金が潤滑になったのだと言う。
その一方で、いかにも学生の卒業制作的に思えるエピソードも載っていた。この映画の監督のコン・ダーシャン(孔大山)さんと鍋青年スン・イートンを演じたワン・イートン(王一通)さんは、友人を介して知り合ったそう。今回の脚本もコン監督とワン・イートン(王一通)さんが、共同で書いたもので、ワン・イートンさんは俳優ではなく、自らも映画監督なのだという。
また雑誌のファン役を演じた若く可愛い女性がスタッフの友人で、普段は不動産関係の仕事をしているのだというのも、学生のノリっぽい。
自分は普段、あまり監督や脚本を書いた人にこだわる方ではない。むしろ人や物の名前を覚えるのが苦手だから、すぐ忘れてしまう。
でも、この映画の監督コン・ダーシャン(孔大山)さんと、鍋青年を演じたワン・イートン(王一通)さんの名前は覚えておきたいと思った。
彼らは、これからもきっと、自分が想像しないような何かを見せてくれる気がするから。
(余談ですが、監督の孔さんは孔子の一族で75代目にあたる子孫の一人なのだそう。彼の作品のどこか悠久の時を感じさせる穏やかさにはそんなことも影響しているのかもと思ったりしました。)