私であるために旅をする

「さやちゃんは、生きてるうちにどうしても叶えたいことってある?」

晴れた日の午後、お客さんの途絶えたお店で、先輩に聞かれた。
私はすこし考えて、

「空の晴れた日に、ふかふかの原っぱを裸足で歩きたいです」

と答えた。

「すごくさやちゃんらしいね。
でもそれって、夢っていうか、明日にでも実現できそうな気がするんだけど」

「すごく簡単なことに聞こえるかもしれないせど、私にとってはとても難しいことなんです。
せっかくだから写真取ってSNSにあげなきゃとか、明日も仕事だな、とか、帰ってご飯作らなきゃな、とか、色々なことを考えすぎてしまって、多分私はそこにいられない。
私が求めてるのは、多分、「今ここに生きる」ことなんだと思います」


目は、空の広さと海の青を求めてる。
耳は、木々のざわめきと波の音を求めてる。
鼻は、焚き火と発酵した土の匂いを求めてる。
肌は、ふかふかの土と身体に纏わりつく波を求めてる。

頭だけだ。
私の頭だけが、お金を稼がなければと、働かなければと、普通でいなければと、認めて欲しいと叫んでいる。


教室のみんなの前で立たされたこと、話したこともない先輩にすれ違いざまに悪口を言われたこと、「君は宇宙人だ」って言われたこと、「いつまで自分探しするつもり?」って笑われたことも、全部覚えてる。

だから私はなるべく息をひそめて、みんなと同じところで笑って、同じようなことを言って、

私は変なやつです、弁えてます、社会不適合者です、まだ若いから許されてるだけでちゃんと焦ってます、
って、自分を貶めてヘラヘラ笑ってた。

だけどそんなの絶対におかしい。

そんなやり方をして、好きでもない人達にすり寄って、幸せだったことなど一度もないのだ。

私が私であることより、息がしやすい場所で笑っていることより、それ以上に大事なことなんてこの世にひとつもない

私が私であることで笑われたり馬鹿にされるんだったら、それはこの世界の方が間違ってる!!


旅をするのは、

本を読むのは、だれかと触れ合うのは、行ったことのない場所に行くのは、日記を書くのは、音楽を聴くのは、知らないことを知るのは、

私から逃げ出したいからじゃない

私を馬鹿にするつまらない場所から逃げて、軽やかに、自由に、遠くへ駆け抜けていった先で、私は私に戻りたいからだ

ずっと見ないふりをしてごめんねって、長い間戦ってくれてありがとうって、
草原の果てで、小さい頃の私を抱きしめたいからだ

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