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木下龍也と岡野大嗣の出会い 木下龍也

 夜、ぼくらの出会いについて書こうとすると、ただ、まぶしかったとしか言いようのない光景がまぶたの裏に浮かぶ。川沿いのさくらの木の下に座って、ぼくらは何かを話した。2012年、大阪の春だ。岡野さんに誘われて、とある劇団のイベントに短歌の朗読で出演することになっていた。その前日だったと思う。大阪にいる短歌のひとたちとお花見をした。はじめて出会うふたりにしては踏み込んだ話をしたような気もする。岡野さんのやわらかい関西弁は、耳に心地よかった。このひとぼくに似ているなと思ったこと、さくらの花びらがやけに光っていたことはよく覚えている。正確な日付、場所、話の内容、まわりにだれがいたのかは、あまり覚えていない。ぼくは髪を肩まで伸ばしていた。

 朗読に誘われて、構想を練り、山口県から新幹線に乗り、大阪に着き、お客さんの前で最初の一文字目を声にするまで、ながいながい緊張をしていたので、イベントは一瞬で終わったように感じた。成功したのか、失敗したのかさえわからなかったが、お客さんもぼくらも他の出演者も笑っていた。イベントのあとは打ち上げでビールを飲んでさようならをした。岡野さんとのさようならは一時的なもので、ほんとうのさようならではない、ということは直感的にわかっていた。何度も会うことになるだろう、と。これからのぼくにとって岡野さんは必要なひとなのだろう、と。そして、実際にそうなった。あのとき岡野さんが朗読のために手作りしてくれた冊子は、いまでも大切に持っている。

 てれくさくて普段は言えないが、この場を借りて書いておきたいことがある。岡野さんへ。ぼくはあなたに出会っていなかったら、どこかのタイミングで短歌をやめていたと思います。あなたは何度も、ぼくが短歌を続ける理由になってくれました。ありがとう、岡野さん。あれ、なんか遺言みたいになっちゃったなあ。どちらかが先に死ぬ、ほんとうのさようならまでは、今後ともよろしくお願いします。またあのお店でおいしいねぎ焼きを食べましょう。


木下龍也(きのしたたつや)

1988年1月12日、山口県生まれ。歌人。2013年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』を、2016年に第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』、2018年に歌人の岡野大嗣との共著歌集『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』を刊行。同じ池に二度落ちたことがある。

http://www.nanarokusha.com/book/2017/12/12/4517.html



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