コーヒーは、ホットがいい

待ち合わせをした。
会う時には必ずといっていいほど行った、喫茶店。
二人、手を繋いでよく行った、喫茶店。

今日は少しだけ緊張している。
貴方にずっと、会いたかったから。
別れていても、愛していたから。

毎回、貴方はホットコーヒーを頼んだ。
甘党だからって笑って、体に悪そうなほどカスタマイズを沢山していた。
チョコレートソースに、ホワイトシロップ、時には
サイズも大きくして、蜂蜜も少し。
私はいつも隣で呆れ顔してたけれど、いつまでも
変わらない貴方を見てホッとしていた。

私が別れを切り出したのに、貴方が傍にいたらって
毎日のように思っている。
別れた時は辛かった。けれど、納得はしていた。

学生の身で遊び呆けている私と、新しい環境で社会に貢献している貴方。

歳は同じでも、貴方の心は大人だった、
包容力があって、真面目な話も、ふざけた話も
優しい笑顔で聞いてくれた。
真っ直ぐ、暖かく見つめられる時、私の心は全く
落ち着かなかった。常に高揚して、恥ずかしくて、だけど嬉しくて、目が逸らせなかった。


隣に、彼が座った。すぐに彼の顔を見上げたが、目を合わせることもなく、小さな声で「お待たせ」とだけ呟き、レジへ並びに行ってしまった。

口数が元々少なく、2人きりでないと素の状態になれないのが彼の可愛い所だった。

ああ、私、こういうところに惹かれたんだったな。

私はホットコーヒーを両手で包みながら、彼がさっき呟いた声を聞き直す。耳の奥で、きちんと録音されている、彼の声。大好きな彼が戻ってきた。

彼が手に持ってきたのは、アイスコーヒーだった。

私は急いで、もう中身がほとんど残っていない
プラスチック容器から両手を離した。
なんだか急に恥ずかしくなり、でもその恥ずかしさは断じて照れではなく、羞恥心やその類のもの。
つまりは私の勝手な憶測、思い違いであった。

ついさっきまですらすらと口に出せると思っていた台詞が、ひとつも出てこない。
急に心臓の鼓動が早くなって、その振動で体がぐらぐら動いているみたいだ。

彼女ができた。もう君には会えない、会わない。
簡単に、ゆっくりと、それだけの言葉を放って、
ごめん、もう行く。と席を立った。

私が横を見たときには、すでに彼は店内にも、もうどこにもいなかった。

ホットコーヒーは冷めるまで時間がかかる。
ゆっくり飲めるから、一緒にいる時間が長くなる。
それってなんだか嬉しい。

口下手な彼が唯一ストレートに言っていた言葉。
こんなにも心に棘が刺さったままで、
どうしようもなく苦しめられる。

今も、これからも、ずっと。

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