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桜と楓・続 【物語(小)】

秋(続き)


社を建てる時は、木を植える。20年後30年後の、建て替えの時に使うために、大切に育てておくのだ。木々は土地の氣を受けて、鎮守の森となる。
20年30年ごとの建て替えで、職人たちの技は継承される。


お社の古い木材は、山ノ上の新しいお社になるそうだ。建て替えで出るそこの古い材木は、村の学校になる。
「次々、忙しいですね。」
と言うと、徳さんは、
「あぁ、ええ事じゃ。わしの息子もようやく、仕事ができるようになる。腕もあがりゃ、役に立つようになるじゃろう。」
と微笑む。そして、
「それにな。」
と、小声でいう。
「わしにはな、縁もあるんじゃ。あそこの土地はワシの出所(でしょ)でなァ。」
でしょ、とは出身地のこと。
「言(ゆ)うても、行ったこたぁなかったんじゃがノ。親は町で仕事しょったし、親父は肺を患ろうて早ぅに死んだし、母親もワシを産んだ後に…のぅ。せぇで、すぐ、貰い子に出されたけぇ、行ったこともなかったんじゃがノ。」
「当時の結核は死の病でしたねぇ。」と私。
徳さんは何度も頷く。

徳さんは池のそばの紅葉を眺めながら言う。
「えぇ土地じゃった。このたび、ここから移した木もな、赤ぅなって。もう散ったがの。上(かみ)は寒いけぇ。」
春に、ここの裏の山を削った時、若い木を何本か移植したらしい。徳さんの話はまだ続く。
「新しゅうなったお社にはな、このお社の息子が行くんじゃと。せぇでな、」
と声をひそめて、
「山ノ上の智やんトコの娘さん。」と言う。
「あぁ、いましたねぇ、可愛らしい。今は町の学校に行ってるんじゃ?」と私。
「そそ。今年、卒業。   ── でな、」
「ですねえ。── で?」
「休みにゃいつも戻っとる。」
「ほぅ。」
「お社の手伝いもいつも来て呉れようる。」
「ほぅ、ほぅ。── それは…?」
「せぇじゃて。」
「それは、それは。」ふたりして笑う。
合わせるように、つむじ風が枝の葉を散らし、門前(かどさき)にクルクルと渦を巻いた。徳さんは、紅葉が赤く染める池を見ながら「やァ、楽しい。」と言って笑った。


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