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桜と楓【物語(小)】

#遊び詩の物語




「お別れに来ました。」
彼女は会釈をした。黒い髪が絹糸のように揺れる。懐かしい。でもわからない。傍には小さな男の子がまとわりついて、私と目が合うとプッと片頬を膨らませて彼女の着物の後ろへ隠れてしまった。
「どなた?」
と、首を傾げる私。彼女の唇は動くけれど何を言ったのか分からなかった。戸惑う私の顔を見て、彼女は眉をほんの少し、寄せた。去り際に一度、男の子が振り向いた。

お社の門(かど)には桜の花びらが敷き詰められ、池には花筏。来月から、建て替えが始まる。

春の改築で裏の山も削られたので、この秋は門の落ち葉が少ない。掃除は楽になったが、なんとも心さみしい。

新しいお社の裏座敷には大工の徳さん。改築ではお世話になった。削られた山には良い木がたくさん、あったという。いくらかは、自分の工場に運んだそうだ。材として使えるようになれば、桜の木を座卓にしたいと。
「ええ木目のがあってなぁ。楓もあるんじゃがの。こまいから引出しくらいかの。どっちゃにせよ、それまでワシがもたんかもしれんがのぅ。」と言って笑った。



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