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【小説感想】ハケンアニメ!(著:辻村深月)

積読から。
実写映画化された時の装丁なので、2年くらい前に購入したのかな。
著者の作品が好きで読み漁った時期もあったけど、それでもまだ半分くらいしか読めてないかも。
上下巻あったり分厚かったりね…。
この作品もまぁまぁ分厚いので読み始めるタイミングが掴めずズルズルと。

この約2年間で名作と称されるアニメをはじめ、一気に20作品くらい視聴したので、ついに読むべき時が来たな、と。
辻村作品に基本的にハズレはないので読み始めてしまえばもうあとはその世界に浸るだけ。
今作も安定のクオリティでした。


期待通り、アニメ制作の裏側がよくわかった。

  • プロデューサーが複数いてそれぞれ役割が異なる。

  • 絵コンテ(アニメの設計図)を作るのが監督の大きな仕事の一つ。

  • シリーズ構成と呼ばれる脚本家が組み上げたストーリー構成に沿って、各話の脚本家が実際のセリフまで入った脚本を書く。

  • 監督によってはシリーズ構成まで手がけることもある。

  • アフレコ時の声量や演技の指示は音響監督がすることもある。

  • 制作には莫大な費用がかかるので様々な企業が集まった製作委員会が編成される。

  • アニメーターは動画マンから原画マンを経て作画監督へと進む。

数々のアニメのエンドロールを眺めてて疑問に思っていたことが、ことごとく解決されていった。
調べれば分かることなんだろうけど、物語を通して知ることができるのも読書の楽しみの1つ。
単純に調べるよりも記憶に残るし。

1話作るのに約1000万円、1クールで数億円の制作費。
DVDやBD、グッズが売れないと赤字って…。
今は動画配信サービスが主流だから、放映権料とかでペイしてるのかな。
せっかく素敵な作品に出会っても、最近は配信で観れると思うとなかなか円盤の購入には至らない。
円盤買っても外出先で観れないのがね…。
円盤の購入特典として、専用サイトで視聴可能になればいいのに。

第三章では聖地についてが詳しく描かれていた。
昨年聖地巡礼した『ラブライブ!サンシャイン!!』の沼津をはじめ、作中のお祭りが実際に開催されるようになった『花咲くいろは』など多くの作品が想起させられた。
作品ごとに事情は異なるとは思うけど、聖地として盛り上げるのも大変なんだな、と。

多くの人間が関わるからこそスケジュール管理が複雑で、意思疎通が上手くいかないと同じ方向を向けない。
原画から動画にしていく作業をはじめ、本当に多くの作業が必要なんだなと思い知って、製作者への感謝の気持ちが溢れて止まらなかった。
アニメを観るようになってから読んで本当に良かった。


登場人物それぞれがしっかり描かれていて、彼らが織り成すストーリーも面白い。

第二章で描かれた監督とプロデューサーの信頼関係。
そして声優との和解エピソード。

第三章では第一印象が悪い相手と一緒に仕事をしていくことで、仕事に対する誠実さや人柄に触れ、しだいに心が通うようになっていく。
そこで待ち受ける壁。
絶望の中で登場するヒーロー。
動き出したら次々と仲間が駆けつけてくる。
王道かもだけど、この展開大好き。
登場人物の絡ませかたが上手くてワクワクさせられる。

1つの目標に向かってそれぞれの役職がきっちり仕事をこなすチーム感が好き。
いろんな人と組んで、また違う作品を生み出す。
業界全体がプロ集団って感じでかっこいい。

並澤和奈が神原画と言われることに対して、

神原画だなんて言われてしまうのは、むしろ、全体の中から浮いていると言われているようなもので、だからとても居心地が悪かった。作品にしっかり溶け込み、馴染んでこそ、原画マンの仕事は初めて評価される。

文庫版470ページ

と心情が描かれている。
上手ければいいというものではなく、作品全体としての評価を求めるプロ意識が垣間見えてグッときた。


登場人物たちの作品やアニメへの想いにも感動させられた。

序盤からいきなり有科香屋子の『ヨスガ』を観た瞬間に湧き出た想いに衝撃を受ける。

今この瞬間、大好きなものを見つけて、これを他の人も観ていることに、たった今観たばかりだというのに嫉妬が生まれる。私がこれを見つけたのだと、自分だけのものに、したくなる。
 (中略)
自分以外の他の誰にも、自分以上にこれを理解して欲しくない。業界内部の人間として別の作品をまさに進行中だったにもかかわらず、その時は『ヨスガ』を通じて、本来”お客様”であるはずのアニメファンーー他の視聴者たちに嫉妬さえしたのだ。
お前らに、これがわかってたまるか、と。

文庫版9-10ページ

これと同じような感情を抱いたことがつい最近あって。
それが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を視聴した時。
傑作アニメとして有名で多くの人が推薦しているから観たくせに、なぜか他の人に対する嫉妬のような感情が湧いてきた。
自分がこの作品の一番の理解者になりたい、と。
矛盾しているのが分かっていたし、自分って変なのかなと思って誰にも話せなかった感情。
それをいきなり肯定してくれた。


王子千晴のトークショーでの熱い語りには感涙した。

「暗くも、不幸せでもなく、まして現実逃避するでもなく。現実を生き抜く力の一部として俺のアニメを観ることを選んでくれる人たちがいるなら、俺はその子たちのことが自分の兄弟みたいに愛しい。総オタク化した一億の普通の人々じゃなくて、その人たちのために仕事できるなら幸せだよ」
「現実を生き延びるには、結局、自分の心を強く保つしかないんだよ。(中略)恋人がいなくても、現実がつらくても、心の中に大事に思ってるものがあれば、それがアニメでも、アイドルでも、溺れそうな時にしがみつけるものを持つ人は幸せなはずだ。覇権を取ることだけが、成功じゃない」

文庫版134ページ

巻末の著者と新房監督の対談でも触れられていたけど、精神面を支えてくれるのは娯楽なんだよな。
自分の心を強く保って現実を生き抜くために。
必要ない人もいると思うけど、自分の場合は好きな漫画やアニメ、小説に囲まれてないと無理。
アニメとかTVドラマのBD-BOXなんて数年に1回観るか観ないかでも持っていることが大事。精神安定剤みたいな。

著者が言っていたように小説やアニメの功罪の"功"の部分はなかなか表に出てこない。
というか"罪"の部分が過剰に取り沙汰されすぎ。
アニメやゲームが犯罪や引きこもりを助長するとか。
作品をどう解釈するか、どう楽しむかは受け手次第だからやむを得ないところもあるけど、救われている人の方が多いと信じたい。

「一人でできる楽しみをバカにするやつは、きっといつの時代にも一定数いる。それはどれだけアニメが産業を大きくしても変わらないでしょう。だけど、もし、監督って立場で発言する権利が得られるなら、『リデル』をこれから愛してくれる人にこう言いたい。誰にどんなにバカにされても、俺はバカにしない。言ってみれば作者だし、業界の内部の人間から言われても説得力ないかもしれないけど、君のその楽しみは尊いものだと、それがわからない人たちを軽蔑していいんだと、そう、言わせてもらえたら、こんな場所に座らされてる甲斐も少しはあったかなって思う」

文庫版136ページ

そう、"アニメ"や"ゲーム"で一括りにして批判したり軽視するような奴らは軽蔑しましょう。
偏見で語るような奴は相手にしない方がいい。

ましてや性別や年齢で他人の好きなことを否定するやつはクソ。
小学生の頃、母親と姉に「男のくせに〇〇が好きなの?」と否定的に言われたことは今でも覚えてる。
そのトラウマのせいか、他人の大好きを応援したり受け入れる描写に弱い。
・スクールアイドルが好きだけど1歩踏み出せないでいる黒澤ルビィの背中を押す国木田花丸。(『ラブライブ!サンシャイン!!』)
・津島善子の堕天使キャラを受け入れる高海千歌。(同上)
・好きなことを素直に好きって言いにくい世の中を、誰もが大好きを言えちゃう世界にするという野望を抱く優木せつ菜。(『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』)
・食レポで独特な表現をする華満らんがクラスメイトに変だと指摘され落ち込んでいる時に「好きな物を好きって言うのはとても素敵なこと」と諭すローズマリー。(『デリシャスパーティ♡プリキュア』)
大好きなものを大好きって言えることは尊い。


「アニメは、それを観た各自のものだよ。そこじゃもう、作り手のことなんか関係ない。俺が作った「リデル』を、俺以上に愛してくれる人はいるし、俺の作品に一番詳しいのは俺じゃなくていい。それは、そこに一番愛情を注いだ人のものなんだよ。設定だって、キャラのその後だって、全部それは観てくれた人が自由に決めていい」

文庫版136ページ

王子千晴がどれほどの想いや覚悟を持って制作しているかが知れて感謝が溢れた。
別に自分の好きなアニメ作品の制作者じゃないのに…。
自分が描きたいことや伝えたいことをどう表現するか試行錯誤して作り上げた作品を、自由に受け取って愛していいよ、って…。
この想いに応えるためにも、作品に込められたメッセージはしっかり受け取っていきたい。


それぞれが愛を持って仕事をしてるのが羨ましい。
過酷な労働環境だけど、達成感は計り知れない。
好きだからこそ多少ブラックでも耐えられるのだとは思うけど。

"やりがい"と"労働環境への不満"の絶妙なバランスで十数年働いてきた。
この作品を読んで、もう少し好きになれる仕事がしたいなと思った。
環境か意識を変えるしかないけど、なかなか難しい。
つらい時にはまた大好きなものたちに支えてもらおう。

物語としても楽しめたし、アニメ製作者へ思いを馳せることもできて読むタイミングが絶妙だったと思う。
スピンオフの短編集があるようだけど、本格的な続編やって欲しい。

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