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【小説感想】命の後で咲いた花(著:綾崎隼)

同僚との麻雀中の雑談で小説の話題になり、その中の1人が「今まで読んだ小説で一番心を動かされた」と紹介してくれたのが本書。

紹介されてから気になってはいたけど、積読がたくさんある中でなかなか読む気になれず。著者のことも知らなかったし。
タイトルと装丁からなんとなく、カップルの片割れが亡くなる系の恋愛小説だとわかる。本屋でもそれ系の本は多く見かける。余命宣告やSF要素を絡めたりして感動させてくるんだよね。
以前『ぼくは明日、昨日のきみとデートする(著:七月隆文)』を読んで感激したあとに、それ系を読み漁った時期があった。
『三日間の幸福(著:三秋縋)』とか『君の膵臓をたべたい(著:住野よる)』はすごく感動した覚えがある。
でもそんな毎回同じような衝撃は味わえるわけもなく、だんだん疎遠になっていった(積読もほとんどミステリーとホラーになってしまった)。
限られた時間を描くという点では青春系と同じようだけど、未来の絵が全く異なる。どんなに前向きな形で終わっても切なさが伴う。それがしんどくなったのかな。

でも自分が代わりに勧めた『カラスの親指(著:道尾秀介)』を買ってくれたみたいだから、こっちも読まないといけないという謎のフェア精神もある。
ちょうど最近利用登録した図書館で取り寄せ可能だったので借りてみることに。
借りたからには返却期日があるので、半ば強制的に読み始めることができた。

どうせ死んだ恋人が残したものを胸に抱いて前向きに生きていく物語でしょ。
恋愛小説はいかに感情移入できるかで楽しめるかどうかが変わるから、きっと勧めてくれた彼にドンピシャだっただけでストーリー自体は目新しくはないだろうな。
とか思いながら。

そして読了。
…全然そんなことなかったです。
いや、そんなことあるかもだけどそれだけじゃなくて。
とにかく感動した。
心が震えました。
なんでこの作品がバズってないの?自分が書店員なら平積みするんだけど。


第一部

なずなが大学生活を始めるけど、片親で裕福ではないので奨学金とわずかな仕送りで生活をする。大学から新しい土地に行ったので知り合いもいない。
いや自分ですやん。
…ええ、ドンピシャでしたよ。
自分の場合はバイトが禁止されていたわけではなく、単に働きたくなかっただけでしたが…。
節約には食費を切り詰める。自分も具のない塩むすびを大学に持参したこともあった(米だけは母親の実家の農家から送られてきた)。
奨学金の振込日には速攻で引き出しに行ってたなぁ。

そして知り合いが1人もいなくて心細さと不安でいっぱいだったオリエンテーション。さすがに爆睡するほどの猛者ではなかったけど。
とにかく共感しまくりで、大学時代の感情を充分に呼び起こされた。
"シラバス"という懐かしさMAXのパワーワード。
そもそも心理描写が丁寧だから、ここまで境遇が一致していなくても共感できそうなんだけどどうだろう。

親睦会という名の飲み会。
なずなの言う通り、不快を押し付けられるのはいつだって気付いてしまった人間。他人と関わる以上避けては通れない。
相手の気持ちを考えられない伊庭の振る舞いに対して、読んでるこっちのイライラが頂点に達したところで、透弥がビールをぶちまける。
惚れてまうね。
理路整然と捲し立てるのもスカッとする。
「人の時間を奪うという行為は大罪だ」には激しく同意。時間の価値観が異なる人間と一緒にいるのは本当にしんどい。
でも伊庭がペラペラでチャラいのも大学生だと思えばしょうがないのかな、と。
国立大に受かってヒエラルキーの頂点にいると勘違いしちゃって。
大学生なんて自由度が増えただけのクソガキだもんな。

無事に恋に落ちて透弥へのアプローチが始まる。
もどかしくもほのぼのしていて楽しい。
恋愛は付き合う前の駆け引きが一番楽しいと思う。

そして告白。
教員採用試験の前日に…。
自分の場合だと薬剤師国家試験の前日ってこと!?
いや無理無理。そんなヒマあったら勉強してるわ。
やっぱこの娘、ちょっと変わってるかも。


第二部

なずなの告白が受け入れられて、無事に教員採用試験にも合格したのね。
でも2人の休日が合わないって?
透弥は何故に家電量販店に就職?
まぁ細かいことは置いといて、2人が幸せそうで良かった。
でもきっとこの後、彼女が病気になっちゃうんでしょ?そういう家系だって言ってたし。

…と思いながら読み進めてた。
やはり心理描写が丁寧なので、透弥にもしっかり感情移入できた。
恋人に対しての塩対応がもどかしくはあったけど、社会や周りに対する考え方は近いものもあった。

そして突然の別れの手紙とともに行方をくらます彼女。
病気で先立つ自分は相応しくないというのは割と王道パターンな気もするけど、やはり悲しい。切ない。

透弥がちゃんと病院で見つけてくれた時にはホッとした。
その後の、病気と付き合いながらの2人のやりとりは本当に尊い。
恋愛小説を読むのが久しぶりなのもあってか、キュンキュンする。

それでも無情に近づいてくる死の香り。
『アンビシャスノート』とかいう俺の涙腺を崩壊させる強力アイテム。

保険証券の話のあたりからあれ?と思い始める。
透弥って教育学部行ってないの?これって過去の話?
え、じゃあこの榛名はもしかして…?
ちょっと混乱したので頭の整理をしたかったけど、読み進めることをやめられない。
彼女がずっと呼んで欲しがってた下の名前を透弥がついに言うことで明かされる真実。
憎いね、この演出。名前を出す前に改ページもされてるし。

少しずつあった小さな違和感。
プロローグでは誰の葬式なのか何故か明示しない。なんとなく姉だろうとは分かるし、別に姉って明示してもいいような気もするが…。
かんざしを買ってもらった時のエピソード。姉が買ってもらったのを羨ましがって泣きわめいたというところで会話が終わって、どのように妹の手に渡ったかが明言されず(話しているのが姉であれば当然)。
透弥が家電量販店勤務はよくよく考えるとものすごい違和感だったな。「卒業後に就職」としか書いておらず、卒業したのが大学なのかどうか明記していなかった。

透弥がビールかけたのって、伊庭のクソ野郎がかんざしに触れようとした時じゃんって思い出してさらに号泣。ただでさえ好感の持てる行動に深い意味が隠されていたことがわかってゾクッとした。

死後に渡された『透弥さん日記』に記載された、なつめが夢見た未来。
読むのがツラい。涙で滲む。


なつめの意思は未来へと繋がれていた。
なずなは意思を受け継いで教師を目指した。
透弥は日記から教師を目指す上でのアドバイスを受け継いだ。
なつめの『一緒に教師になりたい』という希望。
それを彼女が愛した2人が叶えることになるかもしれない未来。
命の後で咲いた"花(=希望)"ってことなのかな。

果たしてこの先、透弥はどんな答えを出すのか。
なつめを想い続けて、なずなとは付き合わないのか。
でも透弥が幸せになることがなつめの願いであれば、そこにはこだわらなくてもいいような。
もちろん幸せの形は一つでは無いから、一生なつめだけを想い続けて誰とも付き合わなくても幸せになれないわけではない。
でもやっぱりなずなと恋人になって一緒に教師になって、なつめの希望と願いを叶えることになるのがいいな、と勝手に妄想。

描かれるのが澄み切った綺麗な世界で浄化された。読後感がすこぶる良い。
仕掛けは『イニシエーション・ラブ(著:乾くるみ)』に近いけど、世界観は正反対な気がする。陰と陽って感じ。
情景描写にやたら花が出てきて気になってたけど、特に深い意味は無かった。綺麗な世界を彩ってただけ。

ちょっと気になって棗(ナツメ)の花言葉を調べてみた。
「健康」
…なんという皮肉。生薬として使われることが由来らしい。たしかに漢方薬でも見かける。
でも他にも花言葉があって、
「あなたの存在が私の悩みを軽くします」
こっちの方がしっくりくる。なつめが透弥に対して思っていることのような。死の淵にいても幸せそうだったもんなぁ。

ついでにナズナの花言葉も調べてみると、
「I offer you my all(あなたに私の全てを捧げます)」
って重っ!!
これはどちらかというとなつめの「私は命をかけて、あなたのものになりますね」に近いな。
似たもの姉妹だから同じようなこと思ってるかもしれないけど。


久しぶりに良い読書体験したな、としみじみ思う。
恋愛系がご無沙汰とか、最初のハードルが低かったとか、まさかこんな仕掛けがあるとは思っていなかったとか色々な要素はあるかもしれないけど。
読書って読むタイミングで刺さり方がかなり変わるから。

この作品を教えてくれた彼には本当に感謝。
自分が一生出会えなかった可能性がある。

きっとこの先ポララミンや漢方薬の棗の文字を見る度に、この物語を思い出すんだろうな。

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