ナインティール・ナインズの窓辺/不常のバイアス

 ナインティール・ナインズは「何かかっこいい妖狐の集団が作りたい」という理由から、ちょっと頭のネジが外れた妖狐が作った集団だ。当初こそ変な連中の集まり――いや、変な連中の集まりである事は確かだけど――としか見られていなかったが、渡りゆく世界の先々で、各々が自分のできる事を生かして色々な仕事を請け負ったり協力したりしたおかげか、最近では一種の便利屋みたいな感じに世間からは思われているらしい。自分はそんなナインティール・ナインズに、「身長を伸ばす手がかりが知りたい」という理由で入ってきた。今思えば、よくそんな理由で快く迎え入れてくれたと思う。

 とはいえ、今の自分にできる事はまだそんなに多くない。自分は霊術がある程度扱えるけども、ここには自分より霊術を扱える人が沢山いる。歳の割に無茶をして、凄まじい早さで九尾にこそなったけども、当然、上には上がいるという事だ。というわけで自分は今、同じナインティール・ナインズの仲間に頼まれて倉庫から荷物を取ってきた所……であるのだが。
「……一体これ、何が入ってるんだ……?」
外見はプラスチックでできた道具箱、と言った感じで、なんだったらご丁寧に「お道具箱 その28」と書かれた札が乱暴に貼り付けてある。倉庫に行った時にこれらの「お道具箱」が整理もされず乱雑に置かれていたのを見た時の衝撃と言ったら、朝起きたら寝床がブナシメジだらけになっていた時の衝撃でさえ霞むレベルの代物だ。まして、探している途中に「お道具箱 その1015」など見つけてしまったのならば尚更である。その目当ての「お道具箱 その28」でさえ、見かけの割に随分軽い。仰々しい見た目の割には、中から聞こえてくる音は軽い音で、カラカラカラ、という音が傾けた時に聞こえてくる程度な物である。
 そんな珍妙な代物を抱えてやってきたのは、「機術作業室 その2」と書かれた部屋だ。部屋の入り口に浮かぶホログラムには、それを生み出す機械のシンプルさには似つかわしくない程くっきりと、「在室: 真宵居まよい明砂めいさ 御用の方は正面の黒いとこにタッチ」と書かれている。総じて木材でできた本拠地の中、ここだけはいつも異様に感じつつ、すっ、と扉の黒い部分へ手を当てる。
『ナンバー22、万里ばんり。扉を開けます』
『機械的に生み出されている』にしては非常に自然な人工(狐工?)の音声によって名前が呼ばれたかと思うと、木材と金属のハイブリッドでできたような扉がすーっ、と開いた。
「いぇーっひひひひひぃーーーーふぁーああああぁぁぁぁーーっ」
中から奇声が放たれてきたのはそれと同時である。びくり、として尻尾の毛が逆立ったのを感じ取ったが、すぐに気を取り直して部屋へと足を踏み入れた。

 中へ入って部屋を一瞥すると、いつも通り雑多にあれこれ電子機器が置かれた机が乱雑に並べられ、部屋の奥に目をやれば「金工室」と書かれた扉が目に入った。そんな金属と半導体のスクランブルの中から、こちらに背を向けた白狐の姿を見つけるなり、万里は口を開いた。
「真宵居さん、頼まれてた道具箱です」
「あー、ありがとう、その辺に適当に丁寧に置いといて」
「適当に丁寧に、ですか」
「丁寧に適当にでもいいよ」
そういう問題ではない、と言いかけた所でその言葉を喉元で叩き殺した。とりあえず少しばかりスペースがあった木の台の上に道具箱をてん、と乗せてみせた。自分に依頼をしてきた真宵居は、見たことがない程幅広なブレッドボードの上に複雑怪奇なパーツをこれでもかと詰め込んで、その隣にある計算機と格闘を行っていた。
「また何か妙な物作ってるんですか」
「うーん、私のは複雑なだけ、妙な物作ってるのはあっち」
と真宵居は奇声を発しながら奇妙な踊りを舞う、あまりに危険な茶狐の方を指差した。珍妙な狐は目を見開いた不気味な笑顔のままこちらを向いて見せた。
「いーひひふぇはいや真宵居ちゃんのも大概妙だよ」
「そうかなあ」
「自分からすればどっちも妙ですよ」
この存在自体が危険過ぎる十二尾の茶狐こそ、ナインティール・ナインズが誇る最大の核爆弾、明砂さんだ。機械をいじりだすと途端に危ない人になる事で有名だ。
「万里くんも機械を触ってみれば分かるかも知れないぞ?」
狂人は左手でスパナを高速回転させて踊りながらこちら側へ近づいてきた。絵面の圧に負けて思わず一歩後ずさりする。
「それ分かっちゃいけない世界じゃないですかね」
「何事も足を踏み入れる前から決めつけてはいけないぞー」
「そうそう、どんなに見た目危険な世界でも覗いてみると意外と危ないだけで済む世界もある」
「それを危ない世界って呼ぶんでしょうが」
指摘は唐突な笑いによって真宵居に流されたが、スパナを片手に踊る変人だけは背を向けて元の位置に戻りながらぼそり、とつぶやいた。
「……本当に危ない世界ってのは普通、足を踏み入れた程度で危険と分かる程分かりやすくないぞー」
突拍子もない事しか言わない明砂さんにしては、言い得て妙だと感心した――普段変な事しか言わないからこそ、ちょっとまともそうな事を言うとそれっぽく聞こえてしまうだけかもしれない。
「いー、よいっしょぉーっ!!」
感慨にふける妖狐を差し置いて、狂人は改めて狂気を取り戻し、机の上にあった妙な機械につながった電源ユニットと思われる物のスイッチを勢いよくオンにした。
「わっひょえぇーっ!!」
鮮烈な破裂音が空気を裂いたのはその直後である。

 狂人の机からは、音の強烈さとは裏腹に、極めて幽き、微妙な白煙が優雅に棚引いている。一息するかしないかのうちに、「金工室」と書かれた扉が些か早めに開いた。
「……また何かやらかしたのか」
金工室から怪訝な顔をして出てきた、筋肉隆々の赤狐は徹鎖てっささんだ。本名は鉄彩てつさというのだが、ここに入るに際してもらった愛称が徹鎖、らしい。なんでも、ここの創始者が「『てつさ』だと地味に呼びにくい」という理由だけで「てっさ」という事になったらしい。普段はこことつながっている金工室で、「軽くて硬い鋼」を追い求めて四苦八苦している。
「おぉーぅ、何かすっ飛んだー」
「何かすっ飛んだって、そんな派手な音立ててすっ飛ぶもんなんかそう多くないだろう、計算ちゃんとしたのか」
「計算に関しては流石に問題ないんじゃないかな、明砂んそういう所はちゃんとしてるし」
普段の見てくれからは到底信じがたい事だが、実際問題この手の回路設計に関して明砂さんは常軌を逸している。それはこれまで彼女が作った機械を見れば分かるという物だ。とはいえ、何かを間違えたのは事実であるので、徹鎖さんが険しい顔をしながら机へと近づいて、壊れた回路を睨みつけた。赤狐が判断を下すまでにそんなに時間は掛からなかった。徹鎖さんは腰につけていた工具入れから綺麗な方の手袋を取り出すと、手にはめて回路の素子を慎重に取り出し、端子と回路を交互に見てから口を開いた。
「……阿呆、トランジスタの向きが逆だ。お前程の奴がこんな初歩的なミスするか」
「おっと」
「おおっとー、久々にやったなぁーへへ」
「いや『やったなぁーへへ』じゃないでしょう」
「何、短絡ショート起こして火が出るよりかはよっぽどマシだ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ」
徹鎖は素子を「破損」と書かれたケースに放り込むと、畳んであった椅子を広げて座ってみせた。
「何事も些事で済んでるうちが華だ、そこで過ちを省みて正す事ができりゃそりゃ失敗とは呼ばねぇ。些事だからと事を軽視して大事を起こすのを失敗って言うんだ」
その言葉を聞いた万里はぎくり、とした。万里もかつては妖術を究める過程で無茶をして痛い目を見た事があったのだ。
「まぁ斯く言う俺もこの前金属粉の取り扱い勘違いしてて焼け死にかけたんだけどな」
「あー、久々に非常装置が発動したあれかー。あれ何やったの?」
小首を傾げて問う真宵居を横目に、万里は徹鎖がため息をひとつつくのを眺めた。
「……混ぜるもん間違えたんだ。おかげで激烈な還元反応が起きて炉が大炎上だ」
「制御基盤が完全にお陀仏のコゲコゲーんだったからねぇーっへへへ、結局一から作り直したったひひひ」
小さな引き出しをゴソゴソ漁っては天に掲げてなにかを確認してばかりいる明砂が普段どおりのテンションで言ってみせた。
「あぁそいつで思い出した、俺そん時の工賃渡したっけか?」
「えーっへっへっへもちろん覚えてない」
「確か渡してないよ、めいちんが『今違う計算してるからまた後で』って突っぱねたじゃん」
「んへへまよりんが言うなら確定的にそうだじゃあ」
「そんなんでいいんですか」
呆れて思わず口に出した。この2人はどちらも違う方向性で吹っ飛んでいるのに何故か異様に強固な信頼関係がある。機械を触っている者同士、なにか通ずる物があるのだろうか、と何度も考えた事があるが、結局分からないまま永遠に謎のままでいる。
「で、結局どんぐらい必要だ?」
「ちょっとまってね使った素子思い出すからー……っと330レクセフラン弱」
それを聞いた徹鎖は、すくっと立ち上がって金属製の引き出しをしばらく"何か"してからすっ、と引き出した。中には色々な世界のお金がある程度整理された状態で入っているのが見える。
「えー……アメリカドルだといくらだ」
「……740ドルちょい」
真宵居が横から応えてみせた。万里は、徹鎖が質問を投げかけるやいなや、真宵居が手指を妙な風に動かしていたのを見ていた。
「740……ケヴァルルだと?」
「……今だとレクセフランと大体同じ」
「330……あるな、それで構わないか?」
「当方無問題RLC」
「なんだそりゃ……まあいい、手間賃は50ケヴァルルで構わないか?」
「お、この前ニクロム線いっぱいくれたからそれとおあいこさんさんだははは」
「ありゃ俺が使うのに余ったのを寄越してやっただけだ、あんなん手間って言わねぇ」
「にひひ流石にそれはニクロム線先生に失礼だぞ」
「あーあーそれ貰え要らないの応酬になる奴だから半分こ、いい?」
万里は思わず煤けた天井を見上げた。やり取りされている言語の片方がぶっ飛んでいるのに、やり取りとしてそこまで奇妙でもないあたりが腹立たしくさえ感じる。
「おお、そう言えば万里くんにも何かお礼しないといけないな」
真宵居は唐突に万里の居る方に振り返った。それを聞いて、万里は地味に脳裏に残っていた疑問をふと思い出した。
「そういえば、この『お道具箱』って何が入ってるんです?」
「プラスチック棒」
「へ?」
「たくさんのプラスチック棒」
頭上にハテナを高々有限個並べた狐をよそに、真宵居は少し離れた所にある引き出しをわちゃわちゃといじって、きれいにパッケージされた何かの電子機器をひょい、と取り出して困惑する万里に渡してみせた。
「なんですこれ?」
「メモリカード。結構な容量と速度が保証されてるから使うなり売るなり自由にしてね」
「はあ」
「但し売るなら開ける前にね」
「あ、はい」
「よーし、基盤めっちゃ作るぞー」
真宵居は道具箱を開けてガサゴソと中を漁ったかと思うと、妙な色をした細い棒をいくつか取り出して机の上に散らし始めた。機術使いの考える事は分からん、と呟きつつ、奇声を背に万里は部屋を後にした。
『またおいで下さい、万里さん』
部屋を出る時に響いた手作りの声は、入る時よりどこか温かみがあるように感じるのは気の所為だろうか、と首を傾げて廊下を歩き出した。

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