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自分の好きは自分で決めていいという話

私は好きなものがたくさんあって、それもジャンルがバラバラである。

漫画、アニメ、映画、音楽、演劇、お笑い。
これらが好きと言っても、それぞれにとても深いわけではない。

漫画はほぼ青年漫画しか読まない、映画はほぼ日本のインディーズ映画しか観ない。
音楽はthe pillowsとゆかりん、演劇はあひるなんちゃら、お笑いはサスペンダーズと永田敬介。
自分の好きなもの以外は、わからなかったりする。
流行りのものは、わからない。

それによる所在のなさを、時々感じたりする。
どこにも属してない感じの。
この感覚は、この間のブルージャイアントのnoteにも書いたけど、自分にはひとつのことに熱中できるものがなくて、そういうのが羨ましいということにも通じると思う。

ひとつのことを深める人ってすごいな〜とか。
自分は、「このアニメ観るんだったら、サスペンダーズのラジオ聴きたいな」「この漫画読む時間があるんだったら、この映画観たほうがいいな」とか考えてしまう。

だけど、このような状態になってきたのって、自分の好きをよくわかってるからなのだと最近思えてきて。
それはそれでいいかなって。

自分の好きなものは、自分が決める。
それでもいいか。

自分のことがよくわかってるってことだから。
そういうのもいいじゃん。

★最近好きなもの★
サスペンダーズ、永田敬介、武田かりん監督(映画「ブルーを笑えるその日まで」)、日本のインディーズ映画、ゆかりん。

ゆかりんは、ゆかりんに向いている気持ちの温度の高低はあれど、ずっと好きだな。
もうゆかりんはゆかりんという人生の柱だ。

自分の好きなものを帰納的に考えていく、根幹をなす命題として、「敗者の美学」が好きなんだと思う。

福本伸行、土田世紀、市橋俊介。
サスペンダーズ、永田敬介。
the pillowsにゆかりん。
ドキュメント72時間。
滝本竜彦。
よりもい、ゾンサガ。
グレンラガン。
全部そうだ。
私のオールタイムベストムービーである、黒澤明監督の「生きる」だってそうだ。

あと胸を熱くしてくれるものか。

逆に苦手なものは、日常が淡々と描かれるようなものだ。
日常系アニメとか、映画でいうと小津安二郎とかだ。
あれを見せられるのは軽く拷問である。
それならまだ仕事や勉強をしてたほうがいい。

自分は絵とか映像そのものを楽しむタイプではなく、言語、セリフや脚本、歌詞、演出そういったものに興味があり、それを楽しむタイプなのだと思う。

自分のこと、自分の「好き」の軸がわかった。
自分への理解が深まった。少しスッキリした。
だからといって楽しく生きられるかというとそれは別問題なのだが。

それでも、自分は自分であり、好きなものは自分で決めいい、好きなものはたくさんあっていいと思えるようになったので、いいかな。

自分のやりたいことや、興味あること、向いてそうなこと、少しずつわかってきた。
もっと早くにわかるものなのかもしれないけど。

自分は自分。
人生を良くするために自分を知るのだ。

今はそれでいいかな。

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