その硝子、あの鏡
キッドは手元を見ていた。一人掛けのソファーにふんぞり返って、組んだ足を低めのガラステーブルにどかっと乗せて。
そのテーブルの反対側。ボウイはキッドを見ている。キッドのベッドで足を投げ出し、壁に寄りかかって。手にしているのは何かの拍子に買った立体パズルだ。観光スポットであるビカビカの中で、最もシルエットが美しいと言われているサウスタワーの形をしている。
キッドの手にあるのはタブレット。手のひらサイズよりは大きくて中途半端だが、重くはない。瞬きを繰り返したり、ときおり舌打ちが混ざったり、真剣に見入っている。やがて姿勢はますます崩れ、ソファからその場へずるずると下りると、ガラステーブルとソファの隙間で腹這いになった。
ひたすらキッドを見ているボウイも顔が見えやすいように、合わせてベッドで転がる。
「うっとーしいぞ、お前」
画面から顔も上げずにキッドが一言。
「おんや、反応したよこのヒト」
狭い隙間で体を捻って、キッドはタブレットを片手で高く上げると、ちらと投げるふりをした後に本当にボウイに向かって放り投げた。何の事はない、ベッドのその辺りへ置いといてくれ、、と言う事である。そんなキッドの仕草はしょっちゅうなのでボウイも気に留めはしないが、他の者にやるときより投げるスピードが速いのが気に障るような、嬉しいような。取り損ねる事はあまり無いが、今日は持っていたパズルを代わりに落とした。
「あーっっ!崩れた!やり直しだよ、もーっ」
「あは、悪りぃ、悪りぃ」
透明なアクリルのピースがテーブルの上にも下にも跳ねて散らばり、寝転がったままのキッドがテーブルの下に潜り込んでピースに手を伸ばす。
下はキッドに任せて、テーブルの上や、飛び越えてソファにまで飛んで行ったピースを拾おうとして、ボウイは横着にガラステーブルの上に片膝を乗り上げた。そして、自分の膝の下を見て動きを止めた。
「キッドさんストップ!」
「あぁ?」
「そのまま、じっとして。ハイ、その場で上、見てみ?」
キッドが言われるまま仰向けになると、ガラス一枚を隔てて自分に覆い被さっているボウイがいた。
「へへ、やっぱ面白れぇ。どっこも触れてないのに、この体勢」
口で馬鹿とは言わないが、キッドの顔は言っている。
「そう嫌な顔しないでさー、ほら、手」
ガラスに突いたボウイの手の、指先がちょいちょいと動いてキッドの手を呼び寄せた。
「ガラスの上にヨダレ垂らしそうなカオしやがって」
人の事はそんな風に言うが、手は素直にガラス越しに合わせている。
もっと言うなら、ボウイの頭に浮かんでいるのは、人形のケース、水槽、、Beauty in the coffin 、、そんなものだが、一見めんどくさそうにしているキッドの頭の中はけっこうヒドイ。ガラス一枚のせいで自分に触れられずに悶々としている、全裸のボウイ、なのだから。
そのうちに興が乗る事があれば本当にやってみてもいい、くらいは顔色も変えずに考えている。少しだけ、、目の色は変わっているかもしれない。ちろりと揺れる欲をせいぜい隠している。
それとも、、ガラスの上に乗るのは自分の方かと、そこに気づいた瞬間おもわずボウイから視線を外した。これ以上ふざけた考えを続けていると隠し通せなくなる。二、三個掴んでいたパズルのピースをきゅっと握って、手のひらにとがった角を当てては、自嘲、自重。
「無駄だぞ?」
瞬きひとつ、さりげなく。素っ気なさを装うのは、ちょっと思いやり。ボウイは今はてんでおふざけモードだけれど、自分の身動ぎ一つ、顎の角度一つであっという間に、それこそ視線が熱を持つ。そんなものは自分も同じ、わかっているから、ほんの気遣い。
そう、今夜は、ない。
「知ってますよー。自分で言ってたじゃん、出掛けるかもって。行先、決まったんだろ?あれ投げたって事は」
「、、、、、」
ブーイングのブも無くケロリと言うボウイにキッドがポカンとする。もしかして気遣い、無駄遣い。
「あれっ?違った?」
「いや、、出掛ける。チケット譲ってくれる奴が現れたから。、、、俺、言った?ま、いーや。とにかくもう出るから、あとよろしく」
テーブルから這い出して拾ったピースを手渡すと、自分の部屋の戸締まりも何も押し付けてもう出掛けようとしている。
ウエストJ 区のど真ん中、なんと便利な場所に住んでいることか。今日も今日、たった今手に入ったチケットをちゃんと活用できるのだから。赤いホルスターをひっ掴んだだけの身支度でほいほい歩く、華よ蝶よの危険地帯。
ガラス越しの一幕などさっさと隅に追いやって、お出掛け先へ心を飛ばし始めたキッドだが、ボウイはちょっと黙っていられない。
「よろしく、じゃねーよ。俺、言った?じゃねーよ?てことは、俺ちゃんの言ったのも聞いてねえって事だな?」
ドアへ向かおうとするキッドへピースを投げつける。いつもやられてるお返しとばかり。ひとつ避けられ、ふたつ弾かれ。
「何だよっ?、、おいっ、、手短に!」
みっつキャッチされ。
「明日!エドモンのおやっさん所、一緒に行くか行かないか!」
足を狙ったよっつめがヒット。
「つっても、まだおやっさんからの返事待ちで本当に行くかどうかわかんねえから、行くことになったら、の話なわけよ。行くんなら朝早いんだから、叩き起こして良いかどうか、今返事してけ、つーの!」
全く聞いた覚えが無かったキッドが天井を仰ぐ。これから夜遊び、明日は早朝、、地球についでの用事、、おやっさんに用事、、明日やる予定だった弾薬庫の掃除、、、ぱぱっと天秤にかけて、考えるのをやめた。
「悪りぃなボウイ。帰ってから返事するから、ここで寝とけよ」
「はあっ?!嘘だろ?キッドの居ないキッドのベッドで独り寝しろって?」
「まあまあ、終わったら速攻で帰って夜這いかけてやるから。待ってないでちゃんと寝てろよ」
「んな予告されて寝てられるか!」
「ヨシ、じゃあオッケーだな」
どこがヨシなのか、どの辺でオッケー出た判断なのか。予告があっても夜這いなのか。
強引も我儘も自分で承知しているキッドは、みっつめに飛んできたピースをまだ手に残して室内に背を向ける。
ベッドから跳ね起きてすっ飛んで来る足音。キタ、、、と思う間もなく振り向かされてキッドの背は壁につく。
「手付け。もらっとくかんね」
口を合わせれば途端に遠慮なく入り込む。怒っているわけではないが、強めの自己主張。髪に絡んだ指は優しいが、反対の手はキッドの指を押し開いて強く握る。ピースを挟んで。息継ぎに声が混ざってしまうようなキツいキス。
ボウイの活きの良いキスに流されまくって、半分必死ですがりついて。負けはしないけれど、不意にキッドは自覚する。ガラスの上で踊らされるのはやはり自分の方なのだと。
「疲れたとか眠いとか、後で言っても聞いてやんないぜ」
「受けて立ってやるから、溜めときな」
「最後までひでぇ言い草」
「最初だろ?、、じゃな」
「ん、、」
閉まったドアのあちらとこちら。やめときゃ良かったキスの余韻に煽られて、どちらもしばらくぼーっと立っていたのは、内緒の話。
end
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