MOVE 14



 ◆◆◆

 ソドム外輪の崖の内部をアイザックは歩いていた。
 入り組んだ通路から通路へ、そして崖の縁に沿って歩き、更に上の階層にあがり、張り出した崖どうしをつなぐ橋を渡る。ひとつの洞窟の入り口で名前を告げると、ランプを下げたナルキネ族が、内部で何方向にも枝分かれした洞を先に立って案内した。

「こちらでございます。ごゆっくりどうぞ」

 まるで蟻の巣のように、枝分かれした先がそれぞれ小部屋になっている。初めて来る場所だが、到着した部屋には毎日見る顔が待っていた。

「よっ!ご無事のご到着」

「待ってたぜアイザック。すっぽかされたらどうしようかと思ったけどな」

 四人がけのテーブルがひとつ。ソドムは上の階層ほど高級になる。テーブルも椅子も下で見るような間に合わせではなく、表面が加工されて美しい木目が活かされている。壁にかけられた筒型のランプにも透かし彫りのカバーがされていて、暗すぎず眩しくもなく心地よい光が広がっていた。

「なんだと言うんだこれは?酒は飲まんぞ」

「へいへい、わかってますって。サージでいい?屋台のと全然ちがうから飲んでみ?」

「あんたがメイのものになっちまった記念」

「ちょっとした商談にも使えそうだし、いい場所だろ?これからはダンナの部屋に押し掛けるのも遠慮しなきゃならんし?特に夜は」

 ニヒヒと品のない笑い方をするボウイをさらりとスルーして、アイザックはいま来た通路の方を気にした。

「三人、か?お町は?」

「あっちはあっち。女同士で保健体育やってるさ」

「大変だなダンナ、裏からお町っちゃんに操られないようにしっっかりメイをリードしてやんなきゃだぜー」

「余計なお世話だ。そっちこそ、いったいどっちがどうリードしてるやら」

「おっ、ノってきたねー!」

 調子よく、それこそ余計な事までべらべらと御披露しかねないボウイを小突いてキッドがグラスを上げた。

「アイザックに、乾杯」

「アイザックにー!」

「わ、私、なのか?」

 戸惑いぎみにアイザックもグラスを合わせた。
 アイザックがメイを婚約者として連れ帰ると連絡してきたときは、それはもう盛大にメイをお祝いする気でいたキッドとボウイだったが、今は、、、。

「アイザック、終わっちゃいないだろうけど、でかい区切りだと俺は思う。子育て、お疲れさん」

「お疲れ、ダンナ」

 母と疎遠にしてしまった事、シスターに義理を欠いたままな事。アイザックの涙を見たとき、それぞれに思い浮かべていた。もう取り返しがつかぬほど遠く離れてしまったけれど。
 アイザックもやっと二人の意向を飲み込んで、軽く目を閉じた。

「サポートに、、感謝する。これからも頼む」

「いやいや、これからはダンナのサポートなんてしてる場合じゃないって。シンともメイともガチンコよ?うっかりぬるい対応したら噛みつかれっぞ」

「上等。いくらでも噛めばいい。受けてたってやるさ」

 体重を落とすほど好き嫌いしてみたり、退屈をもて余して空ばかり眺めていた奴がそれを言うかと思うと、ボウイでなくてもからかわずにはいられない。
 ダストプラント、警備システム、基地内の動線、洞窟の方の住まいと商い。ホバーバイクの件もある。J9 稼業が始まる前、アイザックは一人で何もかも準備してメンバーを迎えたが、今回は全員で総掛かりだ。次から次へ、雑談レベルながら話は尽きない。
 三人分の通信機が音をたて、メイの硬い声が小さな洞窟に響いたのは、アイザックのグラスにアルコールを忍ばせようとしたボウイが、ぴしゃりとデコピンを食らった時だった。

『緊急事態です。全員、地下四階に集合してください。スペーススーツ、ヘルメット着用願います』

「何事だ、メイ?」

『は・や・く』

 緊急と言いながら慌てている風でもない。硬いと言うよりは、低く、押し殺したような、、、。

「地下四階?」

「ああっ!!」

「やっべーっっ!!」

『やっぱり!二人とも知ってたんですね?』

 狐につままれた顔のアイザックの前で、キッドとボウイの脳裏には、極彩色の未来がもさもさと輝いていた。







              end

 

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