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寄せたらカエシテ



 俗にオーバーオールと呼ばれているカプセル形の医療機器から起き上がって、俺はあくびをしながらサイドのワゴンに置いてあった自分の通信機でキッドに呼び掛けた。ここはメディカルルームだ。
 しばらく待ったが応答がない。ハズレ感を味わいながら通話をオフにすると、通信機じゃなくてメディカルルーム内の通話パネルが返事をした。

『ボウイー、そろそろ終わったかー?』

 オーバーオールから出たばかりのパンいち姿でドアのロックを外す。一応ね、自分の部屋じゃないし?これ使うときは脱がなきゃならんから、ちゃんとロックくらいすんのよ俺だって。

「なんだ、早すぎたか?」

「いま呼んでたとこ。お町っちゃんだったら、いやーん、ちょっと待ってぇー、って言うタイミングね」

 服を着込んでいる間に、キッドは俺のデータが基地のメインコンピューターにちゃんと届いているのを確認して、自分が使う準備を始めている。立派なプライバシーの侵害。本当は自分でやるべき作業だけど、ま、キッドならね。

「俺でラスト?」

「そ、終了の操作よろしく。俺ちゃんアイザックのとこ寄ってキッドが入ったって言っとくわ」

 キッドが脱ぎ終わるまでちゃんと見物して、俺はメディカルルームを後にした。



 血圧、心電図、その他もろもろ。オーバーオール自体はそう大それた物じゃない。生活に余裕がある家なら置いてあるような一般的な製品だ。
 もちろん自分達のためのチェックだけど、エドモンのおやっさんにも送るデータだ。何しろシンクロン波をこれほど浴びている人間はここにしか居ない。俺たちからしか取れないデータを渡す代わりに、色々と値引きしてもらう。ザルだろうけど取り引きに近い形だから真面目にやってる。てか、送り忘れた時のおやっさんの小言がまったく厄介。



 センタールームをのぞき込むと、ただでさえ大きすぎじゃないかと思っているスクリーンに、どーんとそのおやっさんが鎮座していた。仏教寺院で見かけたあれに似ている。確かキッドはダイブツと言っていた。

「おやっさん、催促すんの早すぎじゃねえ?キッドなんかいま入ったとこだぜ?」

 アイザックが振り向いて、少しほっとした顔をした。おやっさんと一対一って、ダンナでも腰が引けんのかと思うとちょっとニヤケる。
 聞けばシンクロン波の新しい測定方法を研究中とか。とりあえず健康チェックとは無関係みたい。

『そんなわけでアイザック、手間をかけるが二、三度やってみてくれんか』

「それって、俺ちゃん立ち会う?」

「いや、立ち会いは不要だが、ブライサンダーをアストロアイガーから出してきてくれないか」

「今すぐの話なんだ?」

「ああ、対象物抜きでシンクロン波を数回照射するだけだ。すぐ済むさ」



 飛ばす機会もないまま、存在感だけはあるアストロアイガー。一度だけ、用もないのにわがままを言って飛ばしたことがある。シンクロン波の照射装置のせいか思ったより足が遅くて、ウエストゾーンを出る前に引き返しちまった。
 アイザックは基地に万が一の事があってもブライサンダーとアストロアイガーさえ残ればと、常に一定の装備を搭載してあるけど、基地のスペアと言うよりは、真っ白なこの塗装ではどうも避難船じみている。非常食も積んである。
 そのアストロアイガーのアッパーデッキ。伏せた半円柱型のドームから子猫ちゃんをそろりと飛び立たせ、格納庫内でUターン。使える距離いっぱいまで使って甘々に優しい角度で着地させようとして、視線がデッキ面より下りる寸前のこと。さっきまでブライサンダーが止まっていた場所に、緑色のものが見えた。
 もしポヨンなら、ドームに閉じ込めちまうとまずいだろう。子猫ちゃんを止めてから、親切な俺ちゃんがわざわざデッキまで上がってきてみれば、そこにあったのは、、凧だった。

「くそぉ、、、騙された、、」

 白いカイトにちょうど実物大くらいのポヨンの絵が描いてある。てんでスピードも出してないのに見抜けなかったのは悔しいが、絵はなかなか上手だ。シンかメイか、こんな絵心のあるのはどっちだ?
 拾ったカイトをまじまじと見ていると、シュウゥンと音がして、あっという間にドームが閉じた。

「ありゃ、、?」

 ポカンと見上げたドームから淡い光が、言葉通り波のように降り注いでくる。

「ありゃー、、」

 おやっさんが急かしたんだろうか、アイザックも性急な事をしたもんだ。
 この中でシンクロン波を浴びるのは久しぶりだ。ゆるり、ゆるりと、上から下へ順繰りに輝く光にちょっとの間、見とれていた。寄せては返す光の波、、、あ、返さないか。一方通行だな。太陽系中どこを探したって見られない光景。まあ俺たちには馴染みだ、いつまでも見物してたって仕方ない。
 ポヨンじゃあるまいし中から操作して開けることは出来るけど、途中で開けてしまってはデータは取り直しだろう。それとも、対象物無しでと言ってたから、俺がここに居る時点でデータとしては使えないかもしれない。どっちにせよ、中断の旨をアイザックに伝えようと腕の通信機を口元へ持ってきたとき、すっと光が消えた。

「なんだ、短いのな」

 二回目が始まる前にと、床面に埋め込まれたパネルを操作して外へ。改めてアイザックに連絡を入れたが、応答がない。
 そう言えばさっきキッドも応答しなかった。もう一度キッドに、念のためにお町に、呼び掛けてみれば案の定。どうやら俺の通信機に問題がありそうだ。早急に修理なり、予備を用意するなりしないとまずい。本日の最重要事項に決定だ。
 ギョッとして固まったのは、小脇に挟んでいたカイトを持ち直しもと来た通路の方へ体を向けた時だ。無意識に目をしばたいた俺は、次の瞬間その場で立ちすくんだ。
 目が、霞む。しばたいた前と後で全く変わりがない。

「なんだ、、これ、、」

 何度瞬きをしても視界がぼんやりしたまま。こんなの、初めてだ。視界に広がるモヤみたいに、気持ちにも嫌なものがひろがる。もし大ごとだったら仕事に、、いや、それどころじゃない、、まずいぞ、、これ。
 センタールームに向かって走ってみたが、頭も耳も別に痛くなるわけでもない。目だけ、だ。オーバーオールのデータに何か出ていないだろうか。あまり期待していないが、無いよりはいい。
 瞬きを繰り返しながら走っていると、向こうから霞んでいるポヨンがぴゅんぴゅんやって来て、そのまま通りすぎた。これっぽっちも絡んで来ないのも珍しかったが、そんなことに構っている場合でもない。
 緩いカーブを描く廊下にやっとセンタールームの出入口が見えた。シンが向こうから来て、ちょうどセンタールームへ入ろうとしている。

「おい、シン!これお前のかー?」

 カイトを振りかざして見せたが、シンはするっとセンタールームへ消えた。

「あっ!しかとはねえだろが?!」

 追いかけて室内へ。メインコンピューターに向き合っているアイザック。駆け寄るシン。身ぶり手振りも加えながらシンがアイザックに、、、、、

「おい、、、シン、、?」

 穏やかに笑っていたアイザックが口を開く。

「うそ、、、だろ?」

 じっと、慎重に、俺は二人を凝視した。いつもと変わらない様子のシンとアイザック。何を話してるんだろう。きっとたわいない事だ。何を、、話してるんだろう。
 目だけじゃない。間違いなく、耳が聞こえない。

「冗談じゃねえぞ、、アイザック!おいっアイザックってば!!」

 二人のやり取りに割り込んだが、アイザックは何を考えてるんだか、ぴくりとも反応しやがらない。シンがこくこくと大きく頷いて入って来た時より元気な様子で駆けて出ていく。完成に俺をスルーして。

「なんだよ、、?いったいどーゆーことだよアイザック!なに?なんかの芝居でもしてんのかコレ!」

 座ったままシンを見送っていたアイザックの視界を遮って目の前で怒鳴っても、顔色ひとつ変えない。アイザックの視線は、出入口から俺を「素通り」してメインコンピューターのコンソールへ戻った。
 ポヨンも、シンも、無視と言うには見事すぎた。違和感はあったさ。目の事で頭がいっぱいで違和感を無視したんだ。
 だけどこれは。
 それでも俺はまだ現実に抵抗した。アイザックの耳元でこれでもかという大声で怒鳴り、目の前で手を振る。
 タチの悪いドッキリ?だったらサイテーだけど、その疑いがむしろ希望じゃないか?
 ここに居るのに、それがわからないなんて!そんな馬鹿な話があるか。
 普段と変わりなくコンピューターに向き合っているアイザックに苛立って、いっそ殴ろうかと構えたとき、ふいとアイザックが出入口を振り返る。あわてて拳を引っ込めつつ、釣られて出入口を見て、、、息が詰まった。
 キッドだ。
 見たくない。キッドの視線が俺を素通りしちまうのなんか。だからって、、目を離せもしない。
 めちゃくちゃ不利なレースに挑むくらいの気力で、俺はそのままキッドを見据えた。不意に予感じみたものが胸の内に湧き上がる。ああ、、そうだ。いつか、もっと酷い何かが起きたとしても、俺はキッドから目を逸らしたりなんか、しない。
 手にした俺の帽子を弄びながら、キッドはアイザックへ近づいてくる。想像した通り俺をスルーして。
 最初のこの瞬間さえこらえたんなら、腹も括れる。息が詰まろうがなんだろうが、もう驚いてジタバタすることはない。アイザックと何やらやり取りをしている霞んだキッドの背を睨みながら、その事を自分の腹に落とし込む。
 息を吐きながら、握りしめていた拳をゆっくり開いて気づく。アイザックを殴ろうかとしていた拳だ。殴ったら、どうなるのか。何もない、誰も居ないと思ってる相手は、殴られた衝撃をどう捉える?

「だったら、、一石二鳥、、やってみちゃいますか、、、、ね、、」

 アイザックで試したって、気が収まるはずがないんだ。どう考えたってキッドで確認したくなるに決まってる。
 いい具合に足を止めているキッドの前へ、俺は立ち塞がった。俺の存在と無関係にアイザックと会話しているキッドの、その唇の動きに気づいて、ちょっとだけ、泣きたいような気分に襲われる。だって、何を言ってるかわからないのに、俺の名前だけ、わかっちまって、、、一石二鳥も忘れてしまうくらい自然に手が伸びる。
 俺、、おまえのこと、触れるのか?
 頬に指が届く寸前、ぴくりとだけびびってから、触れた。そう感じた次の瞬間には、まだ届いていないと感じた。
 まったくおかしな感覚。触れた気がするのに、気がする、だけ?追っても追っても、紙一枚はさんで届いてないような。キッドの体を指が突き抜けてるわけでもないのに。

「だめ、、みたいよ?どーするキッドさん。抱きしめらんねえわ」

 見つめ返してこない瞳。輪郭のはっきりしない頬。そっと捕らえて、唇を触れあわせた。本当に触れているのかどうか、自分の感覚さえアテにならないけど。
 一石二鳥の結果は出た。アイザックの目の前でこんな事をしてもまるで無反応なんだ。タチの悪いドッキリの線は完全に消えた。

「ゴースト?って、こんな感じなんかな、、」

 ジタバタはしない。けどそれは、表面上そう見るようには振る舞わないってだけの話だ。茫然自失。他にどう言いようがある?俺は周り中すべてが霞んでしか見えないし、誰の声も聞こえず、触れることも出来ない。そんで、誰も俺が見えてない。わけがわからない。
 そうだ。わからなさすぎる。過ぎるほどあるワカラナイをどんな地味作業でも減らさないと。
 ゴーストなんて冗談じゃない。言った自分を殴りたい。このままじゃ俺は死んだも同然だ。いや、皆からしたら、俺はある日突然、誰にも何も言わずに出ていった、、、そうとしかならないじゃないか。
 何年働くと契約したわけじゃない。誰かと何かを誓い合ったわけでもない。けど、こんな意味不明な消えかた、、されてたまるかだし、してたまるか!だろ。もしこのまま時間が経てば、そんな情けない有り様が事実になっちまう。

「ったく冗談じゃないぜ!そろそろさ!誰か一人くらい気がついてくれてもよかないか?!この異常事態にさ!掩護射撃たぁ言わないが、声援くらいちょうだいよ、マジでっ」

 景気付けに怒鳴ってみる。勢いで、荒っぽくアイザックの横からメインコンピューターのコンソールに手を伸ばす。キッドに触れなかったんだから無理だろうけど、やっぱりこれはダメだ。スクリーンに文字を出せたらと思ったけど。

「て、事はよ?子猫ちゃんにも触れないってか」

 それどころかほとんど何もかも、だめ?センタールームはいつも開けっ放しだから気にしなかったが、自力ではドアの開け閉めも出来ないとか。そうだ、ドア。例えば冷蔵庫。つまり飲み食いは。例えばトイレ。んで、自分の体から出たものっていったいどうなる。その前に、出るのか。出た気がするだけ、なのか。
 気が滅入るどころじゃない。それでも思い付く事はひとつづつ試すぞ俺は。わけのわからないうちにこうなったんだ。わからないうちに何か変わるかもしれない。だとしても、ただそれを待ってるなんて、そんなのナシだ。
 キッドが腕の通信機で呼び掛けてる。俺に。メディカルルームに帽子を忘れてきたおかげでこの早い段階でキッドは俺を探してくれちゃあいるが、こんな想定外の「居ない」だとは思ってもないだろう。
 着信しない自分の通信機を見ていて、ついさっき、これを使ってた事に気づいた。繋がりはしなかったけど、何の違和感もなく使えた。つまり触れてた!さっそく確認のために操作してみる。送受信切り替えPi。位置情報Pi。

「触れる!これ触れ、、、、きっ、聞こえてるじゃん!!」

 Pi、Pi、Pi、Pi、、、、!何度も繰り返す。間違いない。
 そこのコンソールには触れないのに、通信機の操作はできるし音も聞こえる。でも繋がるわけじゃないし、これ以外の音も聞こえない。
 耳は、、正常?通信機だって故障とは違う可能性が、、ますます混乱。
 キッドがセンタールームを出ようとしてる。もう行っちゃう?追いかけたい。見える所にいたい。
 でも、、、でもでもでもっ。あー、ナカナカ苦悩の選択。出入口まで後を追い、俺はそこで足を止めた。
 誰か気づいてくれるんなら、まず先にアイザックだ。解決に向けて事が動き出すとしたらそれはセンタールームだ。キッドが部屋なりどこなり入っちゃったら、自分から出てきてくれない限り姿を拝めないんだとしても。

「ピンと気づいてくれる、、みたいな奇跡、起こしてみちゃくれねえかなキッドさんよ、、愛のチカラとかなんとかでさ、、」

 キッドの背にかけるファンタジーなセリフ。そんな期待はしちゃいねえ。本気じゃないからさ、気にしてくれるなよ。見送る廊下で、走ってくる自分とキッドが体ごとすり抜けて交差する様子とか、、想像してゾッとした。

「あ!カイト!!」

 床に放り出していたカイト。恐る恐る手を伸ばしてみると、ちゃんと拾い上げる事が出来た。カイトは触れる、キッドは触れない、通信機は触れる、コンソールは、、、、なんなんだってーの!!どれがダメで、どれなら、、、、
 ちがう、、!ちがうぞ、、「どれ」じゃない。「いつから」だ。まてまてまてまて、、通信機が繋がらなかったのはメディカルルームからだろ、、触れないのがわかったのはキッドから、か。触れたのは、、どこまでだった?カイトと通信機は今でも触れてて、、ああっくそっ。いっそ逆戻りするか。
 ここを離れるのも不安あるけど、覚悟を決めて一旦アイザックを振り返ると、目に飛び込んで来たのはまたしてもどどーんと、ダイブツ。なにも聞こえないからホントいきなりでビビる。しかもさっきより怖い顔してるし、、アラ?なんか、、まじ怒ってる?あれか、さっき言ってたデータ、やっぱり俺がダメにしちゃっ、、、た、、、


「、、、そこか!!!って!!嘘だろっ!?まじで?シンクロンのどーたらこーたらで俺ちゃんこの状態!?」

 アイザックが慌てた様子で格納庫の映像を呼び出す。アストロアイガー、子猫ちゃん、次から次へ、隅から隅まで。切り替わるスクリーンに目を走らせながら、アイザックは全館放送のスイッチを上げ、同時に通信機を口許へ持っていき両方いっぺんに使って喋る。次にちょい長めのパスワードを打ち込んで呼び出した映像は俺の部屋だ。
 動き出した。ちゃんと動き出してくれた。見えてもいないトラブルに気がついてくれてる!
 どうすればいい?俺はどう応えればいい?くっそじれってえ!アイザックの声が聞きてえっ、、!
 メイが真剣な顔で駆け込んできて、ほんの短いやり取りでアイザックの作業を引き継いだ。これは、わかる。本当に俺が居ないのかどうか念を押してるわけだ。メイが見ている画面のひとつの中で、シンがちょこまか走り回ってる。うん、ありがとなシン、実際に動き回ってくれて。
 そうして目と手と頭脳を空けたアイザックはメインスクリーンのおやっさんと向き合った。ああ、ほんと、この会話が聞こえさえすれば、、、、って!!
 馬鹿じゃん俺っ。原因がシンクロン絡みならここに居たって何にも起きやしねえ!話が聞こえなかろうが関係ねえじゃん。システムの発生装置に、アストロアイガーに、戻ってねえと!
 飛び出した廊下で、それぞれ部屋から出てきたキッドとお町が首を傾げながら見交わして、格納庫へ走る俺とすれ違いセンタールームに向かう。いつも三人でやってるような仕草に俺だけが混ざれないの、キツイ。振り向きそうになるけど、グラつくにゃ早すぎってね。キッドに素通りされて腹据えたもんを、そんなにチャラっとひっくり返せるか。まだ、やれそうなことはある。
 足を止めたアストロアイガーの前。腕組みをして白いボディを見上げる。据えたはずの覚悟、、打ち砕かれる瀬戸際だったらどうしよう。
 つまり、このハッチ開けられんの?デッキに上がって装置に入るまでの操作、出来るの?
 起きたこと全部のつじつまが合うかなんて俺にはわからない。けど、シンクロン波を浴びた時からおかしくなったんだ。たぶん。き、きっと。

「頼むぜアストロアイガーちゃん。もとに戻ったら久々にお外出してやるからさ、言うこと聞いてよね、、」

 カイトはこの中で拾った。通信機も身につけて入ってた。この二つを触れるのが例外なんだとしたら、アストロアイガーは、、、、触れ、、、

 た!!!

「は、、、、や、やった、、!」

 いい子にして触らせてくれた操作パネルに頬擦りして、そのまま脱力してたら、戻ってきたドアに挟まれた。ごつっと当たった肩が痛てえ。でも、痛くて安心するとか、、早いとこ何とかしてもらわなきゃほんと、オカシクなっちまうぞ俺。
 アストロアイガー内の移動はまったく順調で、恐らくここが振り出しなんだろうと当たりをつけた半円柱型ドームの中へ入った。
 そして、やることがなくなった。
 ドームの内側をぐるっと、一周、二周。念のために床のパネルでドームが開閉出来ることを確かめておく。
 ゆっっくりとそんなことをしながら、だんだん心臓がキュウキュウし始める。じわっと体温が上がるのがわかる。怖い。完全に何もすることがなくなっちまうのが、怖い。本当の事は何もわからないまま、実際にはてんで的はずれな事をしてるかもしれなくて。
 真ん中で座り込んでから、子猫ちゃんに轢かれる可能性を思いついて、改めて角の方へ座り直した。音が聞こえないぶん用心だ。
 座ったまま背筋を伸ばして息を整える。普段ならちょっと足を止めて、、くらいで済むことを、姿勢を正してまで集中しなきゃならないなんて、くそ情けない。
 そう言えば子猫ちゃん。アストロアイガーに触れたんだから、ひょっとして動かせるかな。音も、だといいな。それを確認するためにここから出ることはまだ無いけど、今の俺がブライサンダーで基地から出たら、どんな現象に見えるんだろう。
 そう、それと、俺が黙って出ていった説は取り消しだ。ゲート開閉の記録もなけりゃ出ていく映像だってありゃしないんだ。マシンの数だって減ってない。シンが走り回ってたのはそれを数えてたんだろう。出ていった形跡も無いのに一人居ない。とんだミステリーだ。

「はあぁ、、、」

 あーあ、出ちまった。ため息。このままで、いいのか。ここに居ていいのか。勘違い。見落とし。それでもここから出る判断材料は今は見つからなくて。見つかったとして、決断もキツそうだ。車一台ぶんのこんなスペースで、いつまで。
 ミステリーになんかならない。そんなものにしてしまう連中じゃない。信じてる。
 実際には頼みの綱はエドモンのおやっさんただ一人だろう。いくらアイザックだってシンクロンに関してならおやっさんの指示無しでなんて、たぶん無理だ。けど、俺は頭ん中で拝み倒すようにアイザックの名前を繰り返し呼んでる。なんかのまじないみたいに繰り返す。キッド、お町、アイザック、、、信じてる、信じてる、、。
 繰り返せば繰り返すほど、本当は信じてない証拠みたいで、自分が嫌になる。そんな俺を冷ややかに嘲笑う別の自分が居るのも、知ってる。馴染みのソイツと、俺は張り合う。
 信じる、信じる。ここに居る。俺はここに居るから。ダメもとでも、お試しでもいい、何か手があるなら、頼む、やってみてくれ。
 ほんとにまったく、、まいったな。ぐるぐる、、同じところを考えて回りだしてる。やることがなくなって、考えるネタもなくなって、まずいよなぁそれ。
 うん、まずい。少し眠くなりだした。この非常時に眠いとか、どんなアホだよ俺は。
 体を動かすったって、走り回れもしない。こういう時、キッドが上手いんだよな。体使ったちょっとしたゲームとか、すぐに思いついてくれる。
 やっべ、、キッドのこと考えちまった。触れなかった時のおかしな感触。ぼやけた姿。俺を見ない瞳。キッドのことは、、考えるのをやめるのが、、難しい。このまま、戻らなかったら、、キッドは、、、、どう、、、、



 


 

 オーバーオールの中で目を覚まし、生欠伸をかみ殺す。健康チェックで、、寝こけた、、、、。ここはメディカルルームだ。
 次はキッドの番だっけ、、呼ばなきゃ、、、。あー、、だりぃ。どんだけ寝たんだ。
 チェックの終了画面を呼び出そうと、右手をいつもの位置へ動かしたが、いくらまさぐってみても金属の手触りが続くばかりで指がパネルに辿り着かない。

「んー??」

 中からは全部そのパネルで操作する。フードを開けられないから起き上がれもせずに、パネルのあるはずの方へ寝返りをうつと、手元に黒いかたまりが見えて思わずびくった。
 キッド、、の頭。なにこれ、寝てる。

「、、、えっとー、、キッドさーん?」

「あっっっ!!」

「へっっ?!」

 予想外の大声を上げて飛び起きたキッドにつられて、飛びあがりかけた。もう少しでフードに頭をぶつけるところだ。
 大声を上げたきり黙ったままのキッドをこっちはこっちで呆然と見上げる。
 なに、なんなの、この変な空気。今にも何か言いたげに動きかける唇をキッドは引き締めると、初めて瞬きをした。

「起きた、、か」

 そしてドサリと傍らの椅子に腰を落として俯いてしまった。

「なんだか、起きちゃ悪かったデスかね?」

「そんな訳ねえだろっ!」

 機嫌わっるー!

「なんだよイキナリ。寝不足?なあ、どうなっちゃってんのコレ?こんなタイプのオーバーオール見たことないんだけど」

「エドモンのおやっさんが持ち込んだんだ。そこらの市販品じゃ不安だっつってな。最新式どころの騒ぎじゃねえぞ」

 おやっさん?

「お前が目を覚まさなかったら、、、このまま、、コールドスリープかけるって話まで出たんだ、、、」

 コ、、、、っ!!
 わかった。ぜんぶ、思い出した。俺は戻れた。元に、戻れたんだ。視界がクリアだ。キッドの声が聞こえてる。

「、、どれくらい?」

「まだ二晩目が明けないさ。俺も根性足りねえな、、」

 まさか一人で寝ずの番ひきうけた?

「一応、気ぃ遣ってやったんだぜ?まだ気がつかねえ?お前、いま全裸」

「う?!、、わ、、、」

 居て、くれたんだ。みっちり二晩、全裸を眺め回されてたのはちょっとアレだけど。それはともかく、さ。
 キッドは外からオーバーオールの操作をし始めた。いや、コールドスリープ装置か。俺が全裸なのはコールドスリープ専用のインナーがまだ入手できてないせいだとか、入れるときはアイザックとおやっさんとで、つまりちゃんと野郎同士でやってくれたとか、そんなことを説明しながら。
 それはともかく、だよ。
 触りたい。本当にこれで元通りだってんなら、、早く、、触りたい。

「まだ開かねえの?」

「、、、、」

 指一本でもいい、ちゃんと人に、キッドに、触れるって、実感したい。

「少し暑くなってきてんだけど。小難しい操作でもあんの?これ以上脱ぐもん無いんだからさー、、」

「黙ってろ!、、、少し、黙ってろ、、」

 やっぱり機嫌悪い。俺としてはハプニング的なもんかと、、もしかしたら被害者だったりしてとか、そんなつもりでいたけど、、、ヘマ、やらかしたのかな。どこらへんがヘマだったのか、黙れと言われたので無言で要求。何が起きたのか、謎解きプリーズ。&怒るならわかりやすく、プリーズ?
 無言であれこれ催促の視線を投げる俺に、キッドのイライラは収まりを見せない。自分で黙らせたくせに。そして唐突にキッドは手を止めた。

「本当ならっ!お前が目ぇ覚ました瞬間に人を呼ぶのが当たり前だろ!それを俺は、、、あーっ!くっそーっ、、」

 キレてら。でも、、、なんだ、そゆこと、か。

「慌てて呼ばなくても、どこもなんともない。落ち着いてフタ開けてくれりゃいいの。ただ、早く触りたいだけ。出来たら誰か来る前に真っ先に、お前にさ。考えてる事は一緒よ」

「そんな甘い気分ばっかりじゃ、、ねえよ。どんだけ気持ち悪いもん見せられたと思ってんだ」

 気持ち悪、、っ?!

「それは無いだろーよ?写真集出せるような綺麗なカラダとは思っちゃないけどさーっ」

「写真集?なに言ってんだおま、、、ばっ、ばっかやろう!だれがンなこと!だいたい気持ち悪いとか思ってたら口でなんか、、、な、、に言わせてんだコノヤロウ!」

「ぶっ、、!はははははっ、、!」

 よ、ヨカッター、てか、違うよなーっ!俺の・・ってこたないよなー!キッドさん墓穴掘ったよ、いっそ墓は抜きで自分でケツ掘ったも同然じゃ、、うひー暑い、、!

「開けるぞっ」

「はいはい、早く、はやくっ」

 下へ少しスライドしてから、フードはゆっくり頭側を持ち上げいった。横になったまま上げた俺の手を、ハイタッチみたいに景気よくキッドが握り、引き起こされる。さっきまでは、こんなに威勢のいい触り方するなんて思ってもなかったけど、、はは、、大笑いしたら甘い毒気が抜けちまった。フード越しにもやもや焦ってたのが馬鹿みてえ。

「で、何が気持ち悪かったって?」

 大丈夫。確かに俺はもとに戻ってる。あのオカシナ状態は夢でもなんでもなかったし、今ここでキッドの視線を受け取っているのも、夢じゃない。

「何も無いはずの空間から、、、こう、、もわぁっっ、て、、お前が現れた。本気で気味悪かったし、、いつまた消えるんじゃねえのかと思ったら、、、なあ、信じられるか?これ操作してて、指、震えてたんだぜ」

 ブラスターキッドが指震えた、か。キッドは苦笑いしてるけど、こんなキツいラブコール、一生忘れられねえわ。

「で、お前の方は、、どうだったんだ?別次元旅行は」

「べ?!」

 つ・じ・げ・ん。別次元、、!!




 3日まるまる、おやっさん付きっきりでコールドスリープ装置を出たり入ったり健康チェック。シンクロンシステムで質量の預け先になってる別次元へ、俺自身が預けられちゃってた、、んだそうだ。それ以上の説明は、聞いても解らない事をキッドが保証すると言ったので、素直に受け入れておいた。
 俺が勘違いしてたことがひとつ。シンクロン波を浴びたのは、俺が初めてだった。生身では。子猫ちゃんに乗った状態でなら、みんな何度かあったけれど。
 検査の数々と、同じ説明をいったり来たりの問診だか調査だか。食事も運動もすっかり管理されちまってほんと疲れた。アイザックとおやっさんが恐縮してバカ丁寧に俺を扱うのなんか暫くほっといていいけど、大変だったのはシンへのフォロー。自分がカイトを片付けなかったせいだって、可哀想なくらい落ち込んで。
 けどさ、シンのためだけに言うんじゃ無くてさ、もしあれが絵じゃなくて本当にポヨンだったら?間違いなくアイツは戻れない事になってた。永遠にだ。俺で良かったとまでは、思わないけど。
 さーて、体調なんて最初っからハラ減ってただけのこのとだし、火星ポートまでアストロアイガー出しておやっさんも送ったし!

「キッドさーん!おまたせー」

「何が?待ってねえよ?」

 嘘つけ。
 おやっさんとシンに振り回されてる俺を、いかにも他人事みたいな顔して遠巻きにしてたようだけど?ほら、もう顔に出てるって。コールドスリープ装置の中の俺、ほんとに見てただけ?一人で怪しげなコト、しなかった?たまには尋問の真似事でもしてみる?
 て言うか!俺が一人っきりでどんなに焦れたか!ゆっっっくり、わかってもらおっかー!

「別次元旅行の土産話、待ってただろ?まずはさ、、脱いじまえ!」





               end


 




 



 

 

 

 




 

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