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Wrap the lupus


 最近お気に入りのマリンテイストのトートバッグの中をそっと覗いて、メイは口元をほころばせた。エレベーターが1階に着く。同じお菓子教室から出てきた大人数人と一緒なので、エレベーターの出入りに用心が要らないのはありがたい。
 教室からつれてきた甘い香りを素っ気ないビルのエントランスに振りまきながら、その日だけのクラスメイト達は挨拶を交わして通りを右へ左へと散って行く。

「あなた、お迎えの人が居るのよね?」

「ありがとう、大丈夫です」

 アウトローの流れ着くような街であっても親切が絶滅しているわけではない。わざわざ立ち止まって振り向いてくれた女性に、メイはしっかりした口調で答えた。
 ところが。いつもなら約束をした時間にプラマイ0と言わんばかりのベストタイミングでブライサンダーが現れるのに、今日は見あたらない。次のエレベーターで下りてきた人たちもすっかりビルから出ていってしまった。
 所在なげにこんな所で立っているのは良くない。あと一本エレベーターが来たら教室で顔を見知った人たちも居なくなってしまう頃だ。一旦ビルの中へ戻って連絡をしてみて、、、待つのだったら、次の講座が開かれる教室前の廊下がいいだろう、、、そこまで考えた時、メイは聞き慣れたマシンの音にぱっと目を上げた。

「えっ、アイザックさん?」

 目の前にコズモワインダーが止まる。白い大型のスペースバイクから長身の男が颯爽と、、、と、周囲の目には映るだろうが、メイにはヘルメットを外す手つきが少々慌てているのがわかった。

「すまない、メイ。待たせてしまったか?」

 ヘルメットで乱れた髪を無意識に頭を振って直しながら、アイザックは少し大きめの街なかボリュームで声をかけた。

「5分経っていないわ。ボウイさんは?」

 5分以上は一人で待たない。できたら3分以内。カメラのある位置に立つ。助けを求める場所や相手の目星をつけておく。通信機の状態は正常に保つ。他にも細々とした注意点をすべてクリアしているメイは余裕の笑顔を向けると、手を繋げるくらいの距離までさっとアイザックに寄った。2、3人、女性の視線がアイザックに向けられていたので。

「急に仕事が入ってね、キッドと二人で行ってもらったんだ」

「やだ、アイザックさんこんなところに居ていいの?」

「大丈夫。少し急ぐだけのただの届け物だ。メイ、買い物に?」

 ええ少し、と答えながらメイは内心でガッツポーズを出していた。二人だけで外を歩くのは久しぶりだし、なんと言ってもコズモワインダーはレアだ。
 後部のボックスからヘルメットを取り出し代わりにトートバッグを慎重にしまいこんでいると、アイザックがマントを外そうとしていた。

「あっ、そのままで、いいです。わたし後ろで押さえてますから」

 嬉しいけれど、ドキドキしすぎて恥ずかしい。せめてマント一枚、余分にはさんで。
 皺にならないようにきれいに片側へ流したマントごと、過不足の無い力でメイはアイザックに抱きついた。行き先は普段使いのマーケットではなく、観光客も立ち寄るようなお洒落なショッピングモール。マーケットより近いのはちょっと惜しい。
 大きな背中に体を預けて。あっさりおんぶしてもらっていた頃の事など忘れてしまいたい。ほんの2、3年、もしかしたら1、2年程度の遥か昔。あの頃ただただ大きいとだけ思っていた背中。今は少し違う。肩幅、筋肉のつきかた、、逞しいと言えるのだろうか、それとも華奢なのだろうか。男性として見て、他の男性と比べたりもしている。それはまだ、比べる相手もロクに知らない無邪気な観察との境目。


 砂岩の風合いを模した薄いグレーの大判タイルの通路をモールの一番奥の店まで。濃淡二色の青いガラスタイルが通路の両サイドでアクセントのラインになっているのをメイが指差すと、アイザックも「好きな組み合わせだ」と頷いた。
 メイが行きたかったのはラッピング用品の専門店だった。リボン、ペーパー、バッグ、ボックス、カード、、。カラフルな店内をあちらへこちらへ。黒のマントでラッピングされた大きな男もちゃんとメイの横について回っている。

「いま作ってきたアイシングクッキーを皆にプレゼントしたい、と言うことだね?」

 手元に集まってきた品々を見て「当たり」を引き出したアイザックを見上げて、メイは少し間をあけてからサプライズのつもりだった事を打ち明けた。一緒に来てしまったのだから仕方ない。

「あさって、、、大げさにお祝いするのはおかしいのかなって、、、でも、、、」

「ありがとう。その、、、心から、、ありがたく思う」

 あれから一年になるのだ。シンがボウイを迎えに行って、キッドが現れ、お町が加わり。
 よく一年持ったとアイザックは思っている。荒々しい日々に耐えうる人物ばかり、始まる前は衝突や不協和音からの瓦解もずいぶん心配したアイザックだ。それがわかるから、メイは祝いたい。
 それでも、冷静に考えなくても、アウトローになった記念など祝うものなのだろうかと。もとからアウトローのお町や、まったく正式にお尋ね者のキッドはともかく。気配りされている本人がまるで意に介さないとしてもだ。
 そんなこんなを考えて、結局、理由は告げずにプレゼントを渡すことにしたメイであった。

「そのサプライズ、、、私も混ぜてもらえないか?プレゼントの意味に誰も気づかなかったら腹が立つからな。ヒントを加えておこう」

 アイザックは側の商品棚からすいと名刺サイズの無地のカードを取り出した。手書きで Happy Birthday と書くのだと。

「全員同時に一歳のお誕生日ね。あ!わたしも!わたしにも書いて?ね?」

 J9結成のお祝いを用意してくれたメイに、アイザックはちょっとお高いケーキバイキングをプレゼントすると申し出たが、いつになるかわからない予約より今が良いとメイは言い、二人はその足でお安いカフェでひと休みする事にした。
 誕生日でもないのにバースデイカードとプレゼントを受け取ったメンバー達の顔を想像しながら、レアチーズケーキとイチゴタルトをぱくついたのだった。




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