MOVE 4


 ◆◆◆

 翌朝、保守点検の日常作業は全てストップされ、ドームに暮らす者全員が司令部のミーティングルームに集められた。モルサが前に立ち、マリアーノとアイザックがサイドに座っている。
 進行役のモルサはまずシンを呼び寄せると、昨日のフライトで見た現象を皆の前で説明させた。次には四人のナルキネ族の番だった。

「ばあさんの従姉妹でカジャッハ島に嫁いだ人が言うには、島の言い伝えではグィラ・ル・ルーってのは、島から島へ歩いて渡れるようになる事だそうだ」

「チタ族の知り合いの話では六十年に一度、どこかで起きてるらしい」

「しばらく前から西でも東でも、ソドムで噂になってるようなんだ。次のグィラ・ル・ルーは北だと。噂の出所まではわからないけど」

「ナルキネ語で島と島の衝突を、まあ滅多にありませんが、ギーラと昔から言います。三つ以上の衝突はギーラルー。ほとんど忘れられた言葉ですが、よっぽど酷い嵐の時には思い出す年寄りもいます。たぶん、元はグィラ・ル・ルーを指してるかと思います」

 アイザックは四人目の発言した内容を既に得ていた。先の仕事の時、翻訳機に携わっていたあの島からである。ギーラルーはナルキネ訛りであり、もともとは西テラマータの西岸から東テラマータの東岸に広がる、黒の大海と呼ばれる海域を浮遊する島々に点在するチタ族の言葉だと。
 反対側の青の大海には無い言葉だった。つまり、グィラ・ル・ルーは黒の大海のどこかで起きる。ソドムでの噂話の急速な広がり、シンが見た現象。それがその先触れだとすると。
 J9 の面々は一番後ろの席におとなしく座っていた。キッドは一人でこの星をさまよっていた時に大地の衝突、つまりギーラに遭遇している。あれがなければ野垂れ死んでいたかもしれないが、崖自体がこちらに向かってきた驚異とその衝突の有り様は今思い出してもゾッとする。それが三つ以上、、いや、シンが見たのはもっと多くの島だ。
 他の者はいまひとつピンとこない顔をしていたが、モルサに促されたアイザックが用意されたスクリーンの前にすっと立った途端、嫌な予感を覚えて視線が互いを求めた。

「六十年に一度が今年であると想定して計算した結果を伝える。グィラ・ル・ルーは、三週間以内にこのドームの外、リーラ湾で起きる」

 単なる条件反射ではあっても、嫌な予感は当たりに違いない。ざわつく室内を見回して、アイザックはさらに続けた。

「潮流に乗って湾の内外に押し寄せる島々は、、少なく見ても百を下らないだろう」

「百だと?!」

 キッドは思わず立ち上がって叫んだ。同じように飛び上がってしまったのはナルキネ族の四人。グィラ・ル・ルーをリアルに想像できる者はここではまだ五人だけだった。
 アイザックに代わってマリアーノが立つ。

「これより緊急の対策会議に入る。私とモルサ、チームリーダーの二人とアイザックだ。A、B両班のサブリーダーはB 班を解体してA 班に組み込め。全員で各担当場所の状況と備蓄の数字を最新のものにするように」

 会議メンバーが出ていくと、サブリーダー二人が相談を始める傍らで、皆してナルキネ族の四人を取り囲み、次々に疑問をぶつけていた。彼ら同様、こちら側ではキッドに質問が浴びせられる。

「なんだか大変な事って言うのはわかるんだけど、、、」

「流氷の接岸みたいなイメージでオッケーか?」

「アステロイドの隕石が水平方向にぐちゃってくっつくんだよ」

「うわ、、、、!」

「ねえ、、それって、どれくらいの期間くっついてるのかしら?」

 ふとお町が真顔で口にした疑問に、皆の表情が固まった。

「やべっ!!」

 ボウイがすっ飛んで出ていく。長期間に渡って港が機能しない可能性があるのなら、ブライスターは二機とも動けた方がいい。


 ◆◆◆


 夕刻、紫縞クリスタルの大型輸送機でポンチョが降り立つと、ドームは一気に騒がしくなった。七隻ある重要船舶と三隻の潜水艦をドームの外へ避難させるための人員が送り込まれてきたのだ。その到着は最速どころではなかった。アイザックとマリアーノの判断で、全体ミーティングに先駆けて深夜の内に中央に要請を出していたのだ。

「助かったぜポンチョー!もうこっちに向かってるって聞いた時はホント焦ったけどさー。ちゃんと積んできてくれて感謝感激よ」

 朝のミーティング以来、アイザックから放置されているJ9 の面々だったが、それぞれ頭を捻って働き回っていた。シンとボウイはハンガーを完全に引き払い、KEEP OUT の貼り紙を剥がした。母船の格納庫には久しぶりに二機が翼を並べている。修理された機体にはポンチョの機転で運び込まれた新品のキャノピーが取り付けられた。

「そんな大きな声で言っちゃって。内緒じゃなかったんでげすかね?アレもコレも遅らせろって、あっしはもう気が気じゃなかったでげすよ。口止め料もらいたいもんでげすね。気を利かせてキャノピー運んだ駄賃も乗せて、、、」

「綺麗ね。こっちのクリスタルの方が透明度は高いんじゃない?」

 一気に人数が膨れ上がり、ドームのメンバー達がどたばたしているのを見かねて手伝っていたお町が戻ってきた。これ幸いとボウイはそそくさとお町のそばへ寄っていく。ポンチョの愚痴はいつまでも聞いていると、タダの愚痴じゃなくて値段がついてしまいそうだった。

「顔を近づけるとうっすら青縞が見えるんだ。完全に透明ってのはバカ高いらしくてさ。キッドはまだあっち手伝ってんの?まさか司令部の部屋に戻ってたりしないよな?」

「寄り道してなきゃもうこっち来てるんじゃないかしら」

「寄り道って、皆さん、、そうでげす、キャノピーの取り付けも終わったんでげすから、のんびりしてて大丈夫なんでげすか?」

 大丈夫も何も艦隊のドーム脱出を手伝うくらいだろう。あちらから要請でも来なければ動きようもない。ボウイもお町もポンチョの話にピントを合わせられずに首を傾げていると、今度はメイが息せききって駆け込んできた。

「あ、アイザックさんが、解放されました!すぐにミーティングになると思うから夕食、先に済ませちゃってください。これ以上あっちの人達にアイザックさんを持っていかれないように、わたし司令部まで迎えに行ってきますっ」



 艦隊は準備が整った艦から順次ドームを後にする。半分は西へ、半分は東へ。洋上でグィラ・ル・ルーをやり過ごすのではなく、それは大陸への配置転換だった。
 昨夜アイザックが情報集めに奮闘している頃、東西テラマータではようやく正式な指導者が誕生していた。AZ を倒すために集結した各地の脱走者組織のリーダーが、時には相談して、時には個別の判断で、もっぱらマモンを押さえ込む事だけに追われていた通称「中央」。それがやっとのことで東西が連動してそれぞれの代表者を選び出したのだ。
 西テラマータではナルキネ族の同士ビラコチャ。潜伏場所の提供から何から、縁の下に回って小アルカナの乙女カバローネを支援し続けていたもの静かで実直な姿は、東西問わず多くの同士の人望を得ていた。
 東では大アルカナの乙女タロターネの、長年の茶飲み友達である三翁が合議制で努める。つまり、タロターネはモテたのである。死してなお、自分を取り合った男達をひとつにまとめてしまうくらい。

「と、言うわけで、引っ越そうと思う」

「ま、まてまてまてーっ」

「どこが、と、言うわけ?!」

 テーブルに置かれたポンチョのシルクハットに頭を突っ込んでいたポヨンが、急な大声に目を覚ましてきょろきょろ見回す。転がったシルクハットを拾って、やれやれどっこいしょと、ポンチョは座り直した。

「道理でのんびりしてると思ったら、アイザックさん、まだ言ってなかったんでげすね。いいでしょう、あっしが説明しやしょ」

 脱走者組織の者達はこの北のドームをマモンから奪ったが、その逆が起こることを恐れていた。ここまで施設の整った場所を根城にされてはかなわない。J9 がこのドームに腰を落ち着ける事になった理由の一つである。

「そこは承知してるさ。要は番犬だろ?おかげで俺は、仕事以外では一回もここから出てねえ」

「ほとんど一年も張り付いてなきゃいけなかった番犬役、まともに依頼金をとったらいくらになると思いやす?それだけじゃない。マモンの制圧に何回、駆り出されやした?燃料も弾薬もあっち持ちとは言えね」

「それって、ここの家賃と、メシ代で消えてるんじゃねえの?ブライガーみたいなデカブツ置かせてもらってさ、ハンガーも機材も使い放題じゃん」

「もっと言いやしょうか?そもそもAZ を仕留めたのは誰でげす」

「!!、、けほっ、、かほっっ!!」

「そこーっ?!い、今更ふんだくる気かよ?!」

「人聞きの悪い。あちらさんが要らなさそ~な顔してるから、だったらその地下基地くださいな~って、言っただけでげす。諸々の活躍に見合った報酬でげしょ」

「地下、、基地?」

 それは西テラマータの円環都市から南西五キロにあった。基地に配属されていた者の殆どはAZ と同じく宇宙空間に散り、残りは神殿やマモンの街が火に包まれた現場に駆けつけて、誰も戻らなかった。
 脱走者組織の者達が使える物資を運び出したあとはすっかりただの箱で、誰も顧みなかったし、マモンの残党が根城にするには円環都市に近すぎた。

「東西が連動して新たなリーダーが立った。脱走者組織はもう、我々と共に戦ったレジスタンスのままではいられないだろう」

 艦隊の避難はマリアーノとアイザックの要請だったが、それを避難にとどまらせず両大陸に配置すると決定したのは、選ばれたばかりのリーダー達の初仕事だった。そして、カラになりかねない北のドームに、今後は緑縞クリスタルの戦闘機部隊を配備するとの事。これまでのように、とりあえず施設をキープしているだけの状態ではなくなるのだ。
 共闘の蜜月は去った。グィラ・ル・ルーとともに、J9 にも潮が回って来たのだった。


             続く



 


 

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