MOVE 13



 ◆◆◆

 部屋割りが決まらずに終わったミーティングのあと、全員が集まるのは五日ぶりだ。
 あの夜、連絡だけを入れ、二人はメイの予定通りクアンのトラックで翌朝ソドムの北の朝市に着いた。途中、ガス欠でアイザックが乗り捨てていたホバーバイクを回収しつつ、二泊するほどのゆっくりペースで帰ってきたのだった。
 到着したメイはポロポロ泣きながら真っ先にシンに飛び付き、身長の逆転し始めた弟に結構な剣幕で怒られた。
 お町にげんこつで出迎えられてからメイが取り出したのは、収穫から三日経ってしまったが、それでも充分に新鮮なルトの実。今泣いたカラスの顔で「これのために行ってきた」としれっと言ってのけ、メモに書かれたことを実はめちゃくちゃ気にしていたキッドを慌てさせたが、そんなことは吹っ飛んでしまうほどルトの味は感動的だった。北極で長期間保存されていたルトはフランスパン。ソドムの市場で買うルトはマフィン。しかし、クアンとルイーズのルトは、キッドの中では正しく「おにぎり」と分類されたのだった。

「さっそく部屋割りの件だが、、」

 明るい琥珀色のお茶をすすりながら、それぞれにリラックスしている。帰りの道中、アイザックとメイで探しだしたお茶だ。これもまたメイがずっと気にしていた事のひとつだった。クカーは文句なしにコーヒーの代わりが務まっているが、紅茶が見つからない、今回見つけたお茶でかなり近づいたが、あと一歩と言うところだ。

「メイと二人で奥の部屋を使いたい。私とメイは婚約した。私からは以上だ」

 あまりに簡潔な言いようにポヨンを抱いたメイが横でこっそり吹き出している。ポヨンはあれからずっとメイにへばり着いたままだ。
 さっとキッドが片手をあげた。

「ボウイと二人で手前の部屋をもらいたい。俺とボウイは付き合ってる。ずっと前からだ。俺からは以上」

 今度はボウイが苦笑いぎみに横を向く。

「なっ、、、、なななななに、、なに言ってるんでげすか二人ともーっっ?????」

 洞窟の奥の部屋のドアに、とりあえず板を打ち付けて塞いできたポンチョが、腰を抜かしそうな勢いで驚いているが、誰もたいして気に止めていない。

「そう言うコトなんですってよ、ポンチョさん。じゃあ、アタシとシンがそれぞれ一部屋づつもらって解決ね?」

「そっ、、そりゃあっしだって、心配はしましたよ、最初の頃とか特に!なんたって、みんなガキ、、いやいや若いでげすから、お町さんが火種になりやしないかってくらいの事は想像しましたでげすよ!そ、それが、あっちがああで、、、こっちが、ええっー??」

 ポンチョは片手でアイザックとメイを指し、もう片手でキッドとボウイを指し、一人でばたばたしている。ポンチョ同様、キッドとボウイの事についてはシンの後から知ったはずのお町もメイも、全くの平静だった。

「火種?!アタシが?」

「しょーがねえじゃん、お町っちゃんボンバーギャルだもん。今からだって火種の素質が消えたわけでもないしー?」

「あーら、ボウイちゃんアタシにそういう口の利きかたしちゃう?」

 メインのお題があまりにあっさり決まってしまい、早々におふざけがはじまりそうな場を、難しい顔で引っ張り戻したのはシンだ。

「以上。じゃないだろ?姉ちゃんとアイザックさんはともかく、、キッドとボウイの方は、オレ、まだ納得したわけじゃないんだからね」

 冷静さを取り戻したアイザックが、リンダに心当たりを訊ねる事を思い出し、そして出かけて行ったあと、ボウイはこっそりお町に口裏合わせを頼み込んだ。自分とキッドの間柄について、お町にもシンと同じく「いま知った」事にしてもらうために。つまりお町はそんなことはとうに知っていた。バレるようなヘマを自分がやらかしたせいだったので、ともかくボウイは手を打った。
 片やキッドはと言うと、シンを部屋から引っ張り出した時のままだった。落ち着いてから、と言ったが、実際、落ち着かなかったのだから仕方ない。

「とにかくさ!どうして今まで隠したりしてたのか、みんなの前でちゃんと説明してよ。からかわれるのが嫌ならそう言えばいいじゃないか。ほんとにオレ、怒ってるんだからね」

 アイザックには付き合い出した当初から、キッドが報告という体裁で伝えてある。お町はその前から知っていた。メイの態度からそれを伺い知る事は出来ないが妙に落ち着いている。もしかしたら、本当に知らなかったのはシンだけなのじゃないかとボウイは思っているが、キッドはお町と、メイ、シン、三人への釈明と思っている。
 お町だけはしたり顔でボウイに視線を飛ばしているが、場の注目はすっかりキッドだ。ボウイもまたキッドを見ていた。シンが度を越して責め立てるなら割って入るのもありだろう。あるいはキッドが助け船が欲しいと言うのなら。
 キッドはそのボウイの視線に応えはしなかったが、その代わり。

「ボウイ、ちょっと立て」

「?」

 ボウイを立ち上がらせ、自分も傍らに立った。腰に手を当てて最後の悪足掻きの深呼吸をすると、ボウイにハグを要求した。
 遠慮がちなボウイに手を伸ばし、ひたと、その肩口に額をあずける。すっぽりとボウイの腕のなかに収まって、キッドは一旦目を閉じた。唖然としているだろうか、若手の二人は顔を赤くしているだろうか、背中に視線を感じながら少しづつ、肩肘を張るような余計な力を抜いてゆく。普段と変わらぬ、リラックスしてボウイと触れあう時の状態に自分を持ってきた。

「お前にまで嘘をつかせてて、悪かった。今までありがとな」

「それ、、」

 お町にも、、と、口を滑らせそうになってボウイは慌てて飲み込んだ。飲み込んだが、やはり、、これはクリアにするべきだと考え直していた。お町にずっとバレていた事をキッドに打ち明けて、お町にも礼を言いたい。

「ボウイ、五秒、俺だけに集中しろ。しっかり手ぇ回して、、OK ? 」

「ラジャ」

 首に、腰に、背中に腕を回しあい、本気モードのホールド、3 、2、1、0。

「でさ、、、」

 きっかり五秒、プツリと本気モードを止めたキッドはそれでも片手はボウイに回したままメンバー達を振り返った。

「俺たちがこーしてっとこ実際見て、どう言い表すよ?お町?」

「え、だから、、ハグ、でしょ?」

 それ以外にどう答えればいいのか戸惑うお町から視線を外し、キッドはアイザックに助け船を求めた。腹は立つが、自分で言うよりいくらかマシに思えた。アイザックにしても自分がメイとこうなってしまったからには、子供の前で下ネタ禁止などと澄ましているわけにいかないだろう。

「つまりだな、二人にとってはお町が言った通り、対等なハグ。しかし、見た目だけで言えばだな、、、」

「いーぜ、ズバッと言ってくれて」

「あー、、だから、その、、キッドがボウイの女にされているようにしか見えない、と言う事だ」

 下品にならないように気を使ってもこの程度だ。これまで以上にこの手の話題に巻き込まれない用心が必要である事をアイザックは悟った。
 それでもまだお町でさえピンとこないようだった。ポンチョはアイザックとアイコンタクトを交わして理解したようで、口を押さえて笑いをこらえている。メイは綺麗に澄ましているが、肝心のシンが一番きょとんとしている。もしかしたら大騒ぎしておいてまるで何もわかっていないのではないかと疑いがわくと、何のためにこんな馬鹿げたやり取りをしているのか、キッドはげんなりしてきた。もっとドギツイ表現をしなければならないのだろうか。
 シンの次くらいに置いてけぼりだったボウイがやおら大声をあげる。

「ああっ!ゴメンっキッド!!ほんっとにゴメン!」

「お前まで今頃かよっっ!」

 反射的に怒鳴り付けるキッドを押しやってボウイが前に出る。

「お町っちゃん!俺ちゃんね、キッドに抱かれてる時もあるっ。てか、けっこう、ある」

 話に追い付いてきた途端にぶちまけた。

「あー、、、そう。そう、、なのっ?!」

「これだ!っとにムカつくなーっ。お町がさっき、ハグって言ってくれてスゲー嬉しかったんだぜ?俺が抱かれてるとか一方的なんじゃなくてさ。でも結局コレだもんな?たったこんだけの人数でさ、それもこんな長くつきあっててさ、俺は女じゃない!って、わざわざ口に出して説明しなきゃ気づいてもらえねえ情けなさとか、お前ら全員わかんねーだろっ?」

 自分の言葉で、ようやくキッドも本音を晒す。何も言わないでいれば百パーセントの確率でそう思われるのだ。男が二人居るだけなのに、女役はコッチだと。揶揄や嘲笑を浴びせてくるなら殴ればいい。けれど、そうでない者まで勝手に勘違いしてくれる。どんなに荒っぽい真似をしようが、ガサツな振る舞いをしようが覆せた試しがない。

「わたし、、わかる。キッドさんの、、なんて言うか、悔しい気持ち、、」

「、、そっか、、。メイは、肝心のアイザックが子供扱いすんのやめてくれなかったもんな。その点コイツは、、、ラクだった」

 アイザックがメイをなだめるように肩を寄せていた。キッドは座らせたボウイに後ろから手を回し、椅子ごと抱きかかえていた。二組のカップルが居る光景が、少しづつこの場に馴染み始める。

「ラクって、、!ヤな言い方だなおい」

「ばーっか、のろけてやってんだからニヤけてろ」

「あっ、、それだ!」

 シンが唐突にキッドを指さした。

「オレ、きっとそういうの聞きたかったんだよ。もっと、、聞かせてよ。堂々とのろけてよ、いっぱい!そしたら、納得できる、、かも。ボウイのどんなとこ好きなの?何で好きになったの?ボウイはいつから好きだったの?聞かせてよ」

 言われた二人どころか全員そろって顔を赤くするほど、それはそれは初な質問を、笑い飛ばせないくらい真面目な顔でシンはぶつけてきた。

「もう!三人だけで恋バナでもエロトークでもやってなさいな。ほんと、やんなっちゃう。こっちはフラれたばかりだって言うのに」

「いつの間?!いったいドコにそんなタイミング、、あ、、」

「北極か、、!誰よ、お町?どいつだ?」

「しーらないっ。と、言いたいところだけど、いいわ、打ち明け合戦みたいだからアタシも参加してあげる。ヤッチャイよ」

「ヤ、、、?」

 怒濤の驚嘆が吹き荒れた。我等がエンジェルがナルキネ族にアタックして、フラれた。アイザックでさえ目を剥いたし、メイも知らなかったようだ。それこそ、何で好きになったの?と言う所だが、それ以上の事はいつも通りの魅力的な笑顔でお町ははぐらかした。火種の感は否めないが、お町はお町で苦い経験だったのだろう。

「オレも、、!!オレも打ち明け合戦、参加するっ!」

 しまいにシンまで挙手をした。どうもおかしなノリになっている。

「アイザックさん、オレ、みんなの仕事を手伝うんじゃなくて、ちゃんとしたメンバーになりたい!」

「あーっっこら!!シンっっ、お前ーっっ!」

 ボウイが叫んだがもう遅い。一人で抱え込んで引き延ばしをしていた苦労が、ノリ、で蹴っ飛ばされた格好だ。
 聞いた方はノリと言う訳にはいかない。一様に険しい顔で黙ってしまった。

「ボウイ、ごめん。まだ言わない約束だったけど、やっぱりみんなに聞いてほしくて、、」

 メイの次はシンかと思わなくも無いが、メイへの返事を逃げ回っていたのとは違い、アイザックの視線は強く、鋭かった。

「返事は、、やらんぞ」

 それでもシンは怯まない。

「ボウイにも言ったけど、オレ、何年かかっても認めてもらえるまで頑張るから。キッドもボウイも、アイザックさんが選んでわざわざ来てもらったんだ。お町さんだって自分から売り込みに来たわけじゃない。それだけでもオレが不利なのはわかってる。じっくりやってくから、これまでよりもっと、こき使ってよ。なんでもやる。やれるように、なりたい」

 ふーっと大きく、ボウイが息を吐く。自分が操縦のあれこれをシンに教えた所で何ら差し支えもないだろう。お町の知識だって一般的な応用がいくらでも利く。アイザックより、キッドの方が、、、シンには高い壁になるだろう。

「姉弟そろって頑固と言うか、一途と言うか、、、、なんだってまあ、こんなに、、粘り強いんだかな、、」

「そんなの、、」

 呟くようなボウイの言葉を拾って、シンが顔を上げる。

「決まってるじゃないか。オイラは、ガイ・リン・ホーの息子だぜ?」

 虚を突かれて一同が静まり返る。自らの研究を決して諦めなかった科学者。それがメイとシンの父親である。

「お母さんだって、家で待っているような人ではなかったわ」

 メイの言葉に振り返れば、アイザックの目からは隠そうともせずに涙が溢れてきていた。

            続く



 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?