インフルエンザになって、怒り狂って絶望した話。
先週から私を含め、家族がインフルエンザになった。インフルエンザとかコロナとか、こういうウィルス系にかかると、一旦メンタルが極限状態にいくのか?崩壊する。(笑)
ほんで、強制リセットがかかったかのように身体の細胞が入れ替わる、そんな感覚を覚えることがある。
例に漏れず、今回も荒れに荒れて叫んで泣いて吠えて、忙しかった。(笑)
部屋がなんでこんな美しくないんや、とブチギレたり。(笑)
こんなブチギレる?っていうほど、心の中はブチ切れの嵐。「ない、ない、ない、これもない、なんでないん?全然できてへんし、なんにもできてへんし、もうあかん、わたしの人生ってなんなんやろ………ああ、最悪や、この世も末やああああ」と、体のボロボロさとともにメンタルが地を這っていたインフル期間。
そんなダークサイドまっさかさまなゾンビなわたしも、ようやくおわりが見えてきて落ち着いてきたのか、「これはありがたいよな……」ということも見えてきた。
やはりそれはリモートワーカーだったという点だろう。登園停止が5日も、となると出社の場合確実に一週間は働けない。が、だましだまし、さきちゃんを横に置き、膝に置きながらも、なんとか仕事ができたということ。人間として、家族を持つメスとして、家族を養育しながら働けるというのは、「いきものとして無理がない人間的らしい働き方だな」と思う。
この、「人間らしいか」「生き物として無理がないか」というのが、わたしの「働くにとって重要なんだな」と改めて感じる。
人間らしくて、生き物として無理がない仕事ならなんでも喜んでやる。もし仕事選びに軸があるなら、それだけが譲れない軸、だろうと思う。
ひょんな御縁で、家で働ける仕事に巡り会えてほんとうにしあわせだったな、感謝だなと、さすがのゾンビも感じたことだった。
感謝できることはありがたく受取る。
そして、強い絶望というのは新しい希望のスタートのゴングだ。
とにかく絶望の次には「こうありたい、こういきたい」がセットになっている。
今回感じた絶望たち。
キミらは、すでにマークした。
このインフルで極限状態になり、感じた絶望を元にまた自分が望む人生を創っていく。
わたしは、またここから自分が望む人生を創っていく。
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