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今日も疲れる、それでも怒る

「女の子が一階に住むのって、危ないよ」
悪いのは一階に住んでいる人を狙う犯罪者のほうなのに、なんで、私はその人たちを気にしてわざわざ一階を選べないんだろうね。ていうか危ないのなんか知ってるけど、私一人の月収じゃ2階以上でオートロック、みたいな部屋は住めない。家の前に控えめな庭がある一階の部屋なのに、一人で窓を開けておくことすら少し緊張することがある。なのに、なんで嗜めるみたいな言い方されなきゃいけないんだ。知ってるよそんなこと。

「女の子がこんな時間に歩いちゃだめだよ」

私は何もダメなことはしてない。ダメなことをしてるのは私じゃない。私だって、深夜、ふと思い立ってコンビニへ行って、ジュース飲みながらタバコを吸いたい。夜のコンビニへ行くためだけに、なるべく髪の毛や体のラインがわからないように謎に着込んだりする虚しさを、あなたはどれだけわかっているんだろうか。道をキョロキョロ伺うこと、したことある?後ろに人がいて、思わず違う角を曲がったことある?

「女にはタバコ吸ってほしくないな」
そう言いながら、タバコを吸っているけど、その根拠はなんだ。うるさいな、そんなこと、目の前でタバコ吸いながら言わなくてもいいじゃん。そういうことを言うやつにタバコ吸ってほしくない。体に悪いことはわかってる、それならアンタもやめるべきだ。全人類がタバコをやめるべきだよね。そしてまず、全人類の第一歩としてあなたがタバコをやめるべきだよね。どう?やめれる?まずはそこからやってみてもらえる?

「女の子なんだから、もうちょっと大人しくしてくれない?」
私は私だから大声で喋るし大声で歌うし、意見も言うよ。そもそも、それで揺らいでしまうくらいの存在感ならそんなもんだろう。他者を制圧することでしか自分を際立たせられないなら、統率できないなら、教師なんかやめればよくない?

「女の子だから、美大でもいいよね」
ともかくいろんなことを舐め腐った言い方だったね。

「女性は気が利くね」
女の子だから気がきくんじゃなくて私だからそれができるんだよ。私が女の子だから気が利くんじゃなくて、女の子だったから気が利かないといけない人生だったんだよ。その想像したことある?知らないやつのことまで考えて、いろんなことするのって、結構だるいんだよ。気が利くことで役に立つことはあるけど、私の下の世代に気が利くことを強制してしまっていないかと悩むことがあるよ。せめて、私だから気が利くって言ってくれないかな。生まれた性別で気が利く/気が利かないに振り分けられると思ってんの。

「女性の話って長いよね」
長いよねって言うけど、その話を遮って話を始めたあなたの話のほうが長いよ。真面目な話をしようとしたとき、「まあまあ」なんて笑いながら遮るのってどんな気持ち?なんでそれをしようと思ったの?そもそも、長いとかじゃなくて、聞く気がないんだよね?だから、長いって感じるんだよね?けど、自分の話が長いなんて思ったことないでしょう。だって、聞いてもらう価値があると思ってるからだよね。論理的に、とても有益なことを話してると思ってるからでしょう。その自信はどこから来るの?的外れだな〜と思いながらも、とりあえず聞こうとしてる私がいること分かってるかな。ここで遮ったとしたら「ちょっと落ち着いて」みたいな言い方されるだろうなあとも思ってるよ。聞く気が無いならそう言えば?まやかし使わないで、言ってみれば?

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「女の子だから」「女性だから」その冠詞がつく”ありがたい”進言や褒め言葉に私はこれまで何度もやもやしただろう。
その場で言い返せたこともあったし、家に帰ってからやっぱりおかしいよなと行き場のない怒りを抱えることもある。
たまに思い出して、その場で言い返せなかったのが情けなくて悲しくなることもある。けど、怒り続けることに疲れて笑って流してしまうこともある。
だから、なんとなく同意してしまうこともある。

怒ると疲れる、本当に疲れる、とにかく私はすごく疲れる。怒るという行為はエネルギーをとにかく使う。でも、まるで私が悪いような言い方に、女であるからという扱われ方に、そもそも平等ではない社会の構造に、そしてそれに乗っかることしかできていない現在地に、どうしたって腹が立つ。どうしたってやるせなくなる。どうしたってこれを次の世代に背負わしたくないと思う。だから怒る、けど疲れて、けど疲れる自分にも情けなくなって、また怒りがどんどん湧いてくる。

だから、私は今日も、疲れるけど怒るのをやめない。怒ることはすごく疲れる、けど怒り続けることをやめたらまたすぐ「女の子だから」「女性なんて」と言われてしまう。怒って疲れて、けどまた怒る。その言葉は間違ってると言うために。その論理は全く論理的ではないと伝えるために。女の子だろうが女性だろうが別にどんな性別に生まれたって、その性別でカテゴライズされたり、それによって格差が生まれていいはずがない。そう思うから、私は今日も怒ってる。静かにゆっくり、疲れたら休み休み、怒ることをこれからも続けていく。

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