「だったら植民地をください」第1話

◆学校の教室(放課後)

……キーンコーンカーンコーン

  下校のチャイムが鳴っている。
  教室には新海、町田、奈良の3人しかいない。

  身体の大きい町田は、痩せた細い身体つきの新海の胸ぐらを易々と掴んでいる。

町田「新海ぃ、」

新海「え、何が……」

奈良「すっとぼけてんじゃねぇよ」

町田「万引きだよ、万引き!早くガム1個盗んでこいよ」

新海「無理だよ。ガムなんて。レジ横だし……。レジ横じゃなくたって、無理だよ。犯罪は」

町田「はぁ!?一昨日、やるって言ってじゃねぇか」

新海「ガムなら渡したじゃないか……」

  町田の後ろで奈良が威張っている。

奈良「はぁ、てめぇ。誰が買ってこいって言った。万引きしてこいよ、万・引・き」
  
新海「(小声で)ガムが手に入ったなら、同じじゃ」

奈良「てめぇ、口答えすんのかよ!」

  ガラッと引き戸の開く音。

先生「おい、まだ帰らないのか」

  先生、生徒3人を見る。
  明らかに怯えた表情の新海。

先生「(面倒くさそうに)遊びもほどほどにな。もう帰れ」

町田・奈良「サヨーナラ」

  広い教室に新海だけが残る。

新海「せ、先生」

先生「(面倒くさそうに)ああ、いい!新海もさっさと帰れ」

  ドアが閉まる音が聞こえ、次に担任の先生が去る足音がする。

  誰もいない昇降口から正門を出て、帰路に就く新海。
  道の途中で汚れた猫とすれ違う。

◆新海の自宅(夜)

  玄関のドアが開く。

母「どうしたの、『ただいま』も言わないで」

新海「……ただいま」

母「(笑顔で)ご飯できてるよ。渡の好きなカレー。手、洗っておいで」

  食卓にはカレーとサラダ、麦茶が並んでいる。

新海「いただきます」

  新海、会話することなく食べ続ける。
  台所の蛍光灯が切れそうで、チカチカしている。
  父がリモコンに手を伸ばし、テレビをつける。

テレビ「(明るい音楽とともに)発見!世界の歴史!本日のテーマは……」

父「へぇ、今日はムガル帝国か」

渡「(急に明るい口調で)ムガル帝国!?」

父「お前は本当に歴史が好きなんだな」

渡「(照れながら)世界史の先生がいいからね」

◆学校の教室(翌朝)

クラスメイト①「おはよう」

クラスメイト②「おはよう」

新海「(小声で)おはよ」

  町田と奈良の席は空いている。

……キーンコーンカーンコーン

  1時限目の授業開始のチャイムが鳴る。
  鈴木先生が教室に入ってくる。

日直「(ダルそうに)起立、礼、着席」

  鈴木先生、全体を見渡す。

鈴木先生「皆さん、おはようございます」

クラスメイト①「おはようございます」

クラスメイト②「はよーっす」

クラスメイト③「……はよ」

鈴木先生「今日はミニテストを行います。さ、教科書とノートをしまって」

クラスメイト一同「ええー」

クラスメイト⑤「聞いてねぇっす」

鈴木先生「皆さんがどこでつまづいているのか確認するだけだから」

  テストの問題と解答用紙が前の席の人から回ってくる。
  ミニテストが始まる。
  スラスラと問題を解く新海。

鈴木先生「そこまで」

  全員、鉛筆を置く。

鈴木先生「では、隣の人同士で採点して」

  新海、隣の席の女子に答案を渡す。
  お互いに黙々と採点する。

女子「すごっ!新海くん、100点じゃん」

  周囲から感嘆の声が聞こえてくる。

鈴木先生「新海くんはいつも100点だね。世界史が好きですか?」

新海「(照れながら)……はい。好きです」

  鈴木先生、嬉しそう。

ガラッ

  町田と奈良が同時に教室へ入ってくる。

町田「あー、だりぃ。世界史かよぉ」

奈良「ん?なんだ、テストやってんのか」

町田「はぁっ!?中間でも期末でもねぇのに。何してんだよ、鈴木!」

鈴木先生「鈴木先生です、先生。どうして遅刻しましたか?」

町田「んなの、てめぇの世界史がだりぃからに決まってんだろうが!」

  鈴木先生、軽くため息をつく。

  町田、新海の答案用紙をチラリと見る。

町田「新海よぉ、100点なのか。万引き犯なのにな」

新海「......!なっ、ちがっ」

町田「違わねぇだろ。これからガムをパクってくるんだろ!?」

鈴木先生「いい加減にしなさい!!!」

  温厚な鈴木先生が声を荒げたので、クラス全員、驚いて固まる。

鈴木先生「町田くん、奈良くん、授業を受けないなら出ていきなさい!」

町田・奈良「(たじろいで)……チッ」

  2人はわざと大きな足音を立てて教室から去る。
  ぴしゃり、と戸の閉まる音が響く。

◆職員室(放課後)

  職員室には鈴木先生、事務員の女性1名、新海しかいない。
  事務員、ひたすらPCのキーボードを打っている。

鈴木先生「新海くん、きみは……いじめられているのですか?」

新海「……」

鈴木先生「大丈夫。今ここには誰もいません。他の先生は研修会に出ていますから」

新海「鈴木先生は?」

  鈴木先生、目じりを下げて笑う。

鈴木先生「生徒より大切な研修なんてありませんよ」

  新海が町田と奈良にいじめられている回想シーン。
  担任の先生から向けられた冷淡な眼差しの回想シーン。

  職員室の窓から見える生徒の影が伸びている。

鈴木先生「……そうでしたか。それは辛かった」

  新海は下を向き、肩を震わせている。

鈴木先生「きみは本当によく頑張りました。もう大丈夫。あとは先生に任せて」

  新海は涙をこぼしながら頷く。言葉が出てこないので、頷くだけで精一杯。

◆新海の部屋、ベッドの上(夜)

新海(モノローグ)「いじめは無くなるだろうか」

新海、穏やかな表情で眠りに就く。

◆駅のホーム(翌朝)

  新海、ホームの先頭で電車を待っている。
  左手に世界史の教科書を持ち、熱心に読んでいる。

カツカツカツカツ

  ヒールの音が聞こえる。

アナウンス「まもなく3番線に電車がまいります」

  女性が社員証を新海のすぐ後ろに落とした。

女性「あ」

  女性、社員証を拾おうとかがむ。

  その瞬間、新海とぶつかり、新海はホームに投げ出される。

女性「ひぃぃ」

女性は急いで立ち去る。

  新海の目の前に電車が迫る。

周囲「うわあああああ」

  画面が真っ暗になる。

◆転生先(大ブリタニア王国)、お城の一室

真っ暗な視界に少しずつ光が差し込む。
周囲の様子(天井、家具、メイド)が少しずつ見えてくる。

新海「あ……れ……」

メイド①「目を覚まされました」

メイド②「よかった」

新海「え?」

メイド①「突然お倒れになってから、もう5日間も眠られていらっしゃったんですよ」

新海「5日も?え、じゃあ学校は?」

メイド①「(きょとんとして)ガッコウ?」

新海「学校だよ、学校!勉強を教わるところ!」

メイド②「……ガッコウ?学問ををなさりたいのでしたら、早速教師をここへ呼んで参りますが」

  混乱して頭を抱える新海。

新海「……ちょっと顔を洗ってくる」

メイド②「でしたら、すぐに用意いたします」

  新海は水に顔を近づける。

新海「……!?」

メイド①「どうかなさいましたか?」

新海「誰だ、これは!?」

メイド①「???」

メイド②「チャールズ様ですが」

新海「チャールズ!?」

メイド②「はい。チャールズ様。ここ、大ブリタニア王国の皇太子であらせられるお方です。国王様であらせられるエドワードⅢ世のご長男です。趣味は錠前作りで、お好きな食べ物は……」

ナレーション「2023年の日本で暮らしていた新海は、電車の事故で死亡し、大ブリタニア王国の皇太子・チャールズとして転生した」
(これより、新海をチャールズと表記)

チャールズ「ストップ!ストップ!ちなみに、今は何年?」

メイド②「さぁ、私どもは学がございませんので……」

メイド①「すぐに家庭教師を呼んで参ります」

  家庭教師が到着。
  急いで来たようで、息が荒い。

家庭教師「チャールズ様!お目覚めになられて早々勉学に励まれるとは!」

チャールズ「あのさ、今は何年?」

家庭教師「ええと、確か1866年です」

チャールズ「1866年!?そ、それは確かか?」

チャールズ(モノローグ)「つまり……ええと、ヨーロッパの再編と新統一国家が誕生している時代か……」

チャールズ「ん?待てよ?」

  チャールズ、何やら考え込んでいる。

チャールズ「あの、僕は国王の長男なのですよね?」

家庭教師(モノローグ)「まったく……そんなことまで忘れているとは」

  家庭教師は、笑顔だが、内心ではチャールズを見下している。(表情の対比)

家庭教師「はい。さようでございます」

チャールズ「父に会いに行きます」

メイド①「もうお食事でございますから。じきにお父上にお会いできますよ。もちろん、きょうだいにも」

チャールズ「きょうだい?」

◆大広間(夜)

  国王、チャールズ、弟2人、妹が食卓についている。
  全員で食事前の祈りを捧げている。
  祈りを捧げた後、国王であるエドワードⅢ世が食べ始める。

エドワードⅢ世「お前たちも食べなさい」

チャールズ、弟2人、妹「ありがとうございます」

  全員、黙々と食べている。
  次男であるジョージが話し始める。

ジョージ「(嬉しそうに)お父様、僕は最近、近衛兵隊長を剣術で打ち負かしました。ぜひ訓練の様子を見て頂きたいです」

エドワードⅢ世「ほう」

ヘンリー「ジョージお兄様ばかりずるいです。お父様、このヘンリーは森で大きな鳥を狩りました」

エドワードⅢ世「大きな鳥を狩れるほど弓矢の腕前が上達したのか。それは結構なことだ」

ヴィクトリア「私の話もお聞きください、お父様。私も、エドマンド・スペンサーの詩を諳んずることができるようになりましたの」

エドワードⅢ世「ヴィクトリアは詩への造詣が深いのだな」

  沈黙が流れる。

エドワードⅢ世「それで?」

  エドワードⅢ世はチャールズを見ている。
  弟のジョージ、ヘンリー、妹のヴィクトリアはチャールズを見下したような笑みを浮かべている。

エドワードⅢ世「チャールズはどうなんだ?お前は長男だろう」

チャールズ「えと……自分はその……世界史のテストで100点を」

エドワードⅢ世「セカイシ? テスト? ヒャク?」

ヘンリー「チャールズお兄様、まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」

ジョージ「(吹き出す)プッ」

ヴィクトリア「もう。ジョージお兄様もヘンリーお兄様も意地悪ね。チャールズお兄様が愚鈍なのは、今に始まったことではないわ」

  ジョージ、ヘンリー、肩を震わせ笑いを堪えている。

エドワードⅢ世「もうよい。近いうちに4人全員で謁見するように」

ジョージ「謁見ですか?何か公式な発表があるのでしょうか?」

エドワードⅢ世「……」

  エドワードⅢ世、立ち去る。
  執事もエドワードⅢ世の後に続いて去る。

  ジョージがエドワードⅢ世の足音が聞こえなくなったのを確認し話し始める。

ジョージ「あーあ、いつも誰かのせいで暗い食事になるな」

ヘンリー「ジョージお兄様、おやめください。そう遠回しな言い方では、あの愚鈍な兄は自分のことだと分からないでしょう」

ヴィクトリア「クスクスクス」

チャールズ「そろそろ失礼します」

  チャールズは無表情で立ち去る。

◆暗い廊下(夜)

チャールズ(モノローグ)「状況を整理しよう」

コツコツコツ

  チャールズの足音だけが響き渡る。

チャールズ(モノローグ)「どうやら2023年の日本で生きていた新海 渡は電車の事故で息絶え、1866年の大ブリタニア王国の皇太子に転生したようだ」

  チャールズ、足を止める。閃いた!という表情。

チャールズ(モノローグ)「アニメでは主人公が転生するとチート能力を授かる場合が多いじゃないか。僕はどうなんだ?」

  チャールズ、自分の手を見つめて魔法を出そうとするも何も起こらない。

チャールズ(モノローグ)「じゃ、じゃあ、クエストウィンドウは?ウェブトゥーンなんかでよくあるパターンじゃないか」

  チャールズ、周りを見渡すもクエストウィンドウどころか何も現れない。
  風の音も梟の鳴き声さえも聞こえず、ただ真っ暗闇が広がっている。

チャールズ「……おいおい、勘弁してくれよ」

  チャールズ、膝から崩れる。

チャールズ「2023年の日本では町田と奈良からいじめられ、担任は見て見ぬふり。ようやく世界史の鈴木先生が味方になってくれて上手くいくと思ったら、死んじまって。転生先でも弟と妹から見下されてるんじゃねぇか!」

  チャールズ、真っ暗な空に向かって、

チャールズ「何で僕を転生させたんだよ、神様!これじゃ、何も変わらない!ずっと僕の人生は辛いままなのか!?」

  チャールズは、ぶつけ先のない怒りのやり場を探している。
  泣きながら自分の頭を搔きむしったため、髪が乱れてしまう。

  数日が経過。

◆謁見の間

  これから謁見式が行われる。
  謁見の間には既に高名な貴族たちや領主長たちが待っている。

  ヴィクトリア→ヘンリー→ジョージ→チャールズの順に入り、最後に国王エドワードⅢが入ってくる。
  エドワードⅢ世が玉座に就いた。

執事「この国の後継者について国王より伝達されます」
  
エドワードⅢ世「我が大ブリタニア王国は、建国以来、国王の長男が世継ぎとなる習わしであった。しかし、周辺の国々も次々に統一され、新しい時代がきている。私は古い価値観に捉われない」

  周りの貴族たち、領主長たちは驚きの声をあげている。
  ジョージとヘンリーは国王の言葉を期待している。
  チャールズは額に汗をかいている。心臓もバクバクいっている。

エドワードⅢ世「能力のある者が世継ぎとなることは当然である。よって、私は後継者として長男チャールズではなく、次男ジョージを指名する」

  場が騒然となる。

貴族①「ジョージ様が後継者になられるとは」

貴族②「我が国の伝統が……」

領主長「チャールズ様はどうなるんだ!?」

  ジョージは喜びを表に出さないように努めているが、思わず拳を握り喜ぶ。
  チャールズは茫然自失している。
  ヘンリーとヴィクトリアは、チャールズの様子を見て意地悪な笑みを浮かべる。

◆お城、チャールズの部屋(夜)

  メイド①、②がチャールズの寝支度をしている。

メイド①「(怒り気味に)一体どういうことです!?チャールズ様というお方がありながら、ジョージ様を次期国王にするだなんて……」

メイド②「(チャールズを憐れんで)あなた様のお母様が生きていらっしゃったら、きっと反対したことでしょうに……」

  チャールズはベッドに座ったまま動けない。

メイド①「チャールズ様、どうかお力を落とされませんよう。そうだ!」

  メイド①、手に小さな瓶を持ってくる。

メイド①「珍しいインドの香料でございます。今宵は、こちらを焚きましょう」

  インドのスパイスのような、ピリピリとした、でも甘い香りが広がる。

チャールズ「……インド……ムガル帝国……」

  チャールズの瞳から涙が流れる。

チャールズ「世界史……うっ、うっ……鈴木先生」

メイド②「まぁ、チャールズ様。お母様が恋しいのですね」

チャールズ「今僕が恋しいのは世界史の鈴木先生です。……あれ?」

メイド②「どうなさいました?」

  メイド②は心配そうにチャールズの顔を覗き込む。

  電車事故のシーン(回想)

チャールズ(モノローグ)「僕が事故に遭った時、世界史の教科書を持っていた……」

チャールズ「あの、僕が倒れた時、何か持っていませんでしたか?本とか」

メイド②「本?うーん……」

メイド①「そういえば、何やら野蛮な文字で書かれた本が……」

チャールズ「……!それだ!すぐにこちらへ持ってきてください」

  メイド①、本(世界史の教科書)を取りに行く。

メイド①「こちらでございます」

チャールズ「あった!世界史の教科書だ!ああ、山村出版、久しぶりだね」

メイド①「セカイシ? キョウカショ? ヤマムラ? チャールズ様、謁見式でのことが余程悲しかったのね。お可哀そうに。少し頭がおかしくなられたわ」

メイド②「そっとしておきましょう」

  メイドたち、そっと部屋から出る。

  チャールズは教科書を読みふけっている。

◆お城、チャールズの部屋(翌朝)

  太陽が輝いている。
  今日は雲一つない快晴。

メイド①「おはようございます」

チャールズ「(元気に)おはよう」

  メイド①、驚く。

チャールズ「どうかした?」

メイド①「いえ。いつも朝のチャールズ様は不機嫌ですから。今朝はとても上機嫌でいらっしゃって、大変驚いてしまいました。失礼しました」

チャールズ「ああ。今朝はとても気分がいい。希望に満ち溢れた気持ちだ」

メイド①「希望……でございますか」

チャールズ「腹が減っては戦はできぬ!さあ、朝食だ」

  メイド①、訳が分からないといった表情。

◆大広間(朝)

  国王エドワードⅢ世、チャールズ、ジョージ、ヘンリー、ヴィクトリアが食事をしている。
  いつになく笑顔のチャールズ。

チャールズ「本日は素晴らしい天気ですね、お父様」

エドワードⅢ世「あ、あぁ」

ヴィクトリア「(嫌味ったらしく)チャールズお兄様、今日は上機嫌ですのね」

チャールズ「そうだとも!ヴィクトリア!この胸は希望に満ち溢れているのだ」

  ヴィクトリア、チャールズに嫌味が効いておらず、怪訝な表情。

ヘンリー「(馬鹿にした笑い)ハッ。希望ですか、チャールズお兄様」

チャールズ「そうとも、ヘンリー」

  ジョージ、チャールズの上機嫌の理由が分からず気味悪がっている。

ジョージ(モノローグ)「こいつは何を考えているんだ。昨日の謁見式でのことを忘れているのか!?」

  ジョージは無言で食べ続ける。

チャールズ「ところでお父様」

エドワードⅢ世「何だ?」

チャールズ「ご相談がございまして……。謁見を申し出たいのですが」

ジョージ「(慌てて)なっ」

  ジョージは椅子から立ち上がりそうになるほど慌てている。

エドワードⅢ世「謁見ならば昨日済んだではないか」

チャールズ「どうしても謁見を賜りたく。お願いでございます」

エドワードⅢ世「……。分かった。午後から時間を取ろう」

ジョージ「お父様!?」

ヘンリー「お父様、僕らも同席いたします。そうしないと、後々貴族から反感を買いますでしょうから」

エドワードⅢ世「ふむ。それもそうだ。よし、午後からの謁見はジョージ、ヘンリー、それにヴィクトリアも来るように。それから、貴族と領主長たちにも来るよう命じよう」

ジョージ「かしこまりました」

  ジョージ、ヘンリーに目で「ありがとう」の合図をする。

◆謁見の間

  昨日の謁見と同様、高名な貴族たちや領主長たちが待っている。
  既にチャールズも入室し、国王たちの到着を待っている。

  きょうだいが入り、最後に国王エドワードⅢが入ってくる。
  国王エドワードⅢが玉座に腰掛ける。

エドワードⅢ世「チャールズよ、要望を申してみよ」

チャールズ「国王陛下、我が弟であるジョージがこの国の次期王となりますね」

エドワードⅢ世「ああ、そうだ。長男であるお前より秀でている」

チャールズ「ジョージが次期国王となることに何ら異論はございません。全ては私の実力不足です。ところで陛下、我が国を侵略しようとするサクソニア人との戦いに苦戦しておりますね」

エドワードⅢ世「ああ。その通りだ」

チャールズ「その上、太平洋に浮かぶ我が国の植民地ノースアイランドでも先住民が反乱を起こしている」

エドワードⅢ世「(苛立って)全くその通りだが、何を言いたいのだ!?」

チャールズ、エドワードⅢ世を真っすぐ見据え、堂々とした態度。

チャールズ「私に植民地を頂きたいのです。長男である私が国王になれない。だったら植民地をください」

  謁見の間にいる全員が驚きの声をあげている。

チャールズ「おそらく私は、次期国王ジョージにとって疎ましい存在になるでしょう。であれば、私は遠い地で新しい生活を始めたいのです」

  ヘンリーが、ジョージに耳打ちする。

ヘンリー「邪魔者がいなくなり、反乱を起こしているノースアイランドをお払い箱にできれば、一石二鳥ですね、ジョージお兄様」

ジョージ「ああ、まったくだ。しかし、何故あんな植民地を欲しがるのだ?」

ヘンリー「長男なのに次期国王になれないから、自暴自棄になっているのでしょう」

  エドワードⅢ世、出席者全員を見渡す。

エドワードⅢ世「よろしい。お前は去ることで弟の役に立つがよい」

チャールズ「国王陛下のお心遣いに感謝申し上げます」

ナレーション「こうして、国王の長男であるにもかかわらず次期国王に指名されなかったチャールズは太平洋に浮かぶ植民地の島・ノースアイランドを手に入れた」

◆港(朝)

  チャールズが植民地ノースアイランドに向けて出航する。
  弟のジョージとヘンリー、妹のヴィクトリア、数人の使用人が見送りに来たが、国王の姿はない。

チャールズ「(全員に)では、いってくる」

  誰も泣いていない。

  ジョージがチャールズに近寄る。

ジョージ「チャールズお兄様」

チャールズはジョージが自分との別れを惜しんでくれるのではと期待している。

チャールズ「(優しい笑みで)ん?」

ジョージ「本当に馬鹿ですね。あんな植民地貰ったって良いことなんて起こらないでしょうに……。反乱の真っ最中ですよ?死にに行くのですか?」

  ジョージの目つきは、兄を見るそれではなく、まるで奴隷を見るかのようだ。

ジョージ「さようなら、国王になりそこねた出来損ないチャールズ」

  チャールズ、何か言いたいのを堪えて不敵に笑う。

◆船上(朝)

  ジョージ、ヘンリー、ヴィクトリアは面倒くさそうに船が動く時を待っている。
  船が揺れ始め、水平線に向かって動き出す。

◆港(朝)

ヴィクトリア「ついにお荷物がいなくなったのね」

ヘンリー「おいおい、ヴィクトリア。お荷物だなんて……荷物に失礼だ」

ジョージ「全く存在価値のない男だったな」

ヴィクトリア「アハハハハ」

◆船上(朝)

チャールズ「アハハハハ」

  チャールズは笑いを止めることができない。

チャールズ「馬鹿だって?どっちが。今に吠え面をかくだろうな。なにせ僕が手に入れたあの植民地はこれから資源が豊富に出てくるところだ」

  チャールズ、世界史の教科書を大切に握りしめる。

ナレーション「そう。チャールズが手に入れた植民地ノースアイランドは、今は知られていないが、資源が豊富で、産業が目覚ましく発展し、後に世界一の経済大国となるのである」

チャールズ「チートスキルなんてなくたって、クエストウィンドウなんて出てこなくたって、これがあれば、最高の人生を切り拓いていける」

  チャールズは世界史の教科書を大切に持っている。

  船は真っすぐ進んでいる。
  航路には何一つ障害がない。

  日光で水面がキラキラと輝いている。

◆ノースアイランド沿岸部

  出航から数週間が経過した。
  チャールズ、ついにノースアイランドへ上陸する。

チャールズ「はああ、ようやく陸地だ」

  身体を伸ばし、清々しい表情のチャールズ。

ザッザッザッ(足音)

  数人の男(先住民)がチャールズ一行に近づいてくる。
  先住民たちは、武器をチャールズ一行に向け、警戒している。

チャールズの従者「貴様ら、何のつもりだ!」

  互いに武器を取り、一触即発。
  チャールズの額から汗が流れる。

チャールズ(モノローグ)「まずい……。確か、この後、我ら宗主国側が先住民の若き王を撃ち殺し、このノースアイランドの反乱が混迷を極めてしまう。まずい。早くこの国にある豊富な金を採掘したいのに……」

  怒りの表情で睨み続ける先住民たち。
  チャールズは両手を上げ、ゆっくりと先住民たちの方へ歩み寄る。

  先住民たちは彼らの言葉でわめいている。
  チャールズ、先住民たちにひざまずく。

  驚いている先住民たち、そしてチャールズ一行。

  チャールズ、立ち上がる。
  先住民たち、警戒する。

ブチッ

  チャールズ、胸の勲章を取り払い、地面に捨てる。

チャールズ「たった今、私は大ブリタニア王国の皇太子である地位を捨てよう」

チャールズの従者「そ、そんな……チャールズ様……」

  先住民たちがチャールズに向けている武器の位置が徐々に下がる。

チャールズ「私は、ここノースアイランドの王であるという事実だけで十分だ。この国の反乱を止め、この国を世界一強い国にしてみせよう!」

  見渡す限りの痩せた土地。

チャールズの従者「チャールズ様……。いや、チャールズ。あいつはイカれている。こんな国を世界一に!?無理に決まってる」

チャールズ「逃げたい者は、逃げ出すがよい」

  チャールズ一行の大半が再び船に乗り、武器を持ったまま逃げ出す。

チャールズ「馬鹿な奴らだ」

  チャールズ、海岸にドカっと座り込み、先住民たちに対して、

チャールズ「さあ、俺は丸腰だ」

  先住民たち、まだ警戒している。

  チャールズ、豪快な笑顔を先住民たちに向ける。

チャールズ「飲もう!」

(続)

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