「幽霊に会えるコインランドリー」
お盆の期間中だったので、親父の葬儀の日以来、実家に帰ってきた。
洗濯をしようと思ったが、実家の洗濯機が壊れた。この洗濯機、俺のことが嫌いなのか俺がスイッチを押しても、洗濯機は動かない。
洗濯機に怒っても仕方がないので、コインランドリーに行くことにした。
「おい、たかし、たかしじゃねーかよ」
コインランドリーに来たのだが、コインランドリーに入るやいなや、そう声を掛けられた。
振り返ると、見覚えのある顔。
「あれ……もしかしてユウタ? だよな、やっぱりユウタだよな?」
高校時代の友人ユウタだった。もう何年も会ってなかったから、思い出すのに少し時間がかかってしまった。
「ほら、コーヒー」
自分が飲もうと思って持ってきた缶コーヒーをユウタに渡そうとすると、
「あ、いいよ、いらない。どうせそのコーヒーは俺、飲めないし」
そう言ってユウタは首を横に振った。
「あれ? コーヒー飲めなかったっけ?」
「まあいいけど……」
何年も会ってないと覚えていないことも多い。高校時代、ユウタはコーヒーを飲んでいた気がするが。
「懐かしいな〜たかし。元気そうだな」
「ああ、こっちこそだよ。誰かに会いそうな気はしていたが、まさかユウタに会えるとはな」
「成人式の日以来か? お前のお父さんには最近会えたけど、俺は寂しかったぞ。渉も、たかしも龍介も茉美も、この町出てったっきり帰ってこなかったんだもん」
――かつての友人との再会に喜びつつも、俺はちょっとした違和感に気付いた。
コインランドリーの中にある洗濯機と乾燥機。1台も動いていない。それなのに手ぶらのユウタ。ユウタはこのコインランドリーで何をしているのだろうか?
「なー お前、洗濯物は?」
「洗濯物? ないよ」
「だって、俺ずっとここにいるから」
「ずっと、ここにいる……?」
「つまりユウタはこのコインランドリーのオーナーってこと?」
「……違う」
「じゃあ、ホームレスってこと?」
「……違う」
「え、何? どういうこと?」
「理解できない どういうこと?」
何となく、嫌な予感が頭によぎるが、そんなの漫画や映画の世界だけの話だろう。
「……俺のこと、触ってみるか?」
は? 本当に言ってるのか……?
ユウタは既に死んでいて、俺が見ているユウタは幽霊ってこと……? 俺が触れられないの分かっていて、そう言ってきたのか?
――恐る恐る、ユウタに触れる。
「おい! お前触れられるじゃねーか! びっくりさせるなよ!」
「……はははっ。驚いてやんの」
ユウタには触れられた。
ユウタは幽霊でもなんでもなかった。ただ、ユウタの悪ふざけに付き合わされただけだった。
「お前な、冗談でやっていいことじゃねーだろ!」
「……ごめん」
素直に謝るユウタ。
「でもさ、こんなこと言うのもあれだけど俺、本当に死んでいたかもしれない」
「死んでた? どういうことだよ?」
ユウタの顔を見たら、その発言が嘘でないことはすぐに分かった。
「2年前にさ、じいちゃんが亡くなってさ。ほら、うち母子家庭だったからさ、じいちゃんが父親みたいな所あったからさ、亡くなった瞬間、なんにもやる気が起きなくて、仕事にも行けなくて、8年続けた会社だったけれど辞めて、いよいよ俺も、やり残したことなくなったなと思って死のうと思ったんだよ」
そんなことがあったなんて知らなかった。それもそうだ。忙しさを言い訳にして、俺は同級生に連絡を取ろうとしなかった。だから、他の同級生たちが今、何をやっているかも知らない。
「どうせ死ぬのならと、その日は外に出て少し歩くことにしたんだ。たまたま通ったこのコインランドリーで、死んだはずのじいちゃんを見かけた。急いで俺はコインランドリーに入って、じいちゃんに声をかけた」
「じいちゃん、俺だよ俺、裕太だよって言ったら、じいちゃんが俺の手を握って、『お前はまだ死んだらアカン。裕太が生きていてくれないと、じいちゃんは悲しいぞ』て言うんだよ」
「じいちゃんのおかげで、このコインランドリーのおかげで、今の俺がある。このコインランドリーがなかったら、俺は自分で死を選んでいたと思う」
ユウタの話によると、このコインランドリーは幽霊に会えるコインランドリーらしい。幽霊本人に死んだという自覚があるのかないのかは分からないらしいが、 直接、触れることもできるらしい。生きている世界と死んだ世界では、食べ物の共有だけはできないって話らしいけれど。
「俺、お前のお父さんにもここで会ったぜ。息子と仲良くしてくれてありがとうありがとうと何度も感謝されたよ」
「……恥ずかしいな。親父、そんなこと言ってたのか」
「いいじゃないのよ。それだけ父親に愛されてたってことでしょう? 息子にかわって、友だちに感謝の気持ち伝えるって、なかなかできないよ」
「親アホなだけだよたぶん?」
「親アホ? お前、もしかしてそれ、親バカの勘違いじゃねー?」
「親バカか? ハハハッ、悪い悪い間違えた。そうだ親バカだ」
「ハハハッ。本当だよ。お前、本当バカだな」
「お前に言われたくないけどな」
「ハハハッ、ハハハッ、ハハハッ、ハハハッ」
俺とユウタしかいないコインランドリーで、俺らの笑い声は俺とユウタの笑い声がコインランドリー中に響いた。
***
ここは、幽霊に会えるコインランドリー。
時間帯や、幽霊を呼び出す方法は明らかにされていないが、ここで会った幽霊とは会話することもできるし、直接触れることもできる。
このコインランドリーの場所は、教えることはできませんが、もし皆さんが亡くなった人に会えるのなら、何と伝えますか? 何を話しますか?
幽霊に会える不思議なコインランドリーは、日本のどこかにあります。
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