「山田はサイコロを振る」

「すまん、2万でいい。2万でいいから貸してくれ」
 小学校時代からの友人の山田は、俺の家に来るやいなや、お金を貸してほしいと言ってきた。
 この言葉、もう聞き飽きた。こいつは何度も何度もこう言って俺に金を借りにくる。しかも、借りる一方で一切返さない。

「ダメだダメだ。お前には10万円以上貸してるだろ。これ以上、お前に貸せるお金はない」

「……そうだよな。俺、お前に借りてばっかりだったよな。これでも俺、反省したんだよ。たったひとりの親友に、なんのリスクもなしにお金借りてさ」
 
 ――なんだ、泣き落としか? 
 悪いが、そんな手で許せるほど俺は甘くないぞ。

「だからさ、サイコロ持ってきたんだ」
「このサイコロを振ってさ、1か3か5が出たら俺はお前からお金を借りる、2か4か6が出た場合は俺は死ぬ。どうだ? いい条件だとは思わないか?」
 
「待て待て待て、2つほど言いたいことがある」
「お前、2万だぞ? 2万を手に入れるためだけに、2分の1の確率で死のうとするのか?」
「それと、お前の振るサイコロ、俺に1ミリもメリットがないんだが……」
「奇数が出たらお前にお金を貸さなければならないし、偶数が出たら偶数が出たら、勝手に死なれて、俺が今まで貸したお金は戻ってこない」

「そっか、ごめん。全く考えてなかった」

「あと、死ぬにしても2分の1で死ぬことはない。せめて、6分の1にしたらどうだ?」
 
「分かった。じゃあ4が出た場合にのみ、死ぬことにする」
 だらしなくて嘘つきの山田のことだ、死ぬなんて言っても実際は、なんだかんだ言い訳して死なないだろうけど。

「じゃあ、2が出た場合は俺の2軒隣に住むヤギ爺さんの所のヤギが脱走することにしよう」

「は?」
 言葉の通り 「は?」だ。

「覚えてないのか? 昔よく遊びに行ったじゃねーか。ヤギを6頭飼育してるヤギ造爺さんだよヤギ造爺さん」

「……ヤギ造爺さんに は? とは言ってねーよ」
「ヤギが脱走するって話に は? て言ってんだよ」

「ああ、心配しないでくれ。ヤギの脱走に関しては、俺ひとりでやるから」

「お前が脱走させるの? え、なんのために?」

「仕方ないだろ。2が出てしまった場合はそうするしかないだろ」

「いやいやいや、やめてやれよ。お前のサイコロにヤギ造爺さん巻き込むなよ」

「やっぱりダメか?」

「ダメに決まってんだろ? お前にリスクないし」

「リスクはあるよ。手は、ヤギ臭くなるだろうし、生きて帰れる保証だってない。俺的にはかなりテンション下がるよ」

「いや、お前じゃなくて、ヤギとヤギ造爺さんが可哀相だから却下。他人を巻き込むな」 

「そっか、ダメか……」
「分かった。じゃあ2が出た場合、俺が髪の毛を丸坊主にする。これなら他人に迷惑かけないし、俺にとってのリスクにもなる」

「丸坊主ね……」
「いいんじゃないか。まあ、この歳になって急に丸坊主にしたらあの人、『何か悪いことをやらかしたのかしら』『反省のために坊主にさせられてるんだわ』と噂されるかもしれないけどな」

「その時は、ゲームに負けて友人に丸坊主にさせられたんですって説明するからいいよ」

「おい、待て。ちゃんと説明しろよ。その説明だと、俺の見え方が悪くなるだろ。そのゲームはお前自身が勝手にはじめたゲームで、丸坊主すると決めたのもお前だと言うことをちゃんと大きな声で説明しろよ」

 今のところ、山田がサイコロを振って
 1.3.5が出た場合、俺が山田に2万円貸す。
 2が出た場合、山田が丸坊主になる。
 4が出た場合、山田が死ぬことになる。

 改めて思ったが、リスクデカすぎないか?
 嫌だと言った俺が言うのもなんだが、2万貸してもらうためだけにしては、リスクが大きすぎる気がする。
 そして、今のところサイコロのどの目が出ても俺には全くメリットがないのだが。

「あのさ、6が出た場合は、俺に決めさせてくれないか? 今のところ、俺にメリットがなさすぎてお前がサイコロを振るとき、俺は全く楽しめない状態にあるんだから……」

「例えばさ、6が出た場合……6が出た場合に限り、お前は俺から借りた14万円をどんな手を使ってもいいから今日中に返す」
「お前が背負うリスクにしてはちょうどいいと思うんだが……」

「今日中? え、せめて今週中にしてよ」

「ダメだ。いいや、今日中だ」
「どんな手を使ってもいいから今日中に14万円、返せ。それくらいリスクがあった方がお前もますますサイコロを楽しめるだろ? これなら俺もサイコロを楽しむことができるし」
 14万円といったが、本来俺が山田に貸したお金は11万円だ。3万円ほど多めにいったのだが気付いていない。山田はこういうヤツだ。自分が借りた額すらも覚えていない。山田のやつ、俺に金を返す気はないのだろう。だから、金を借りたって事実は頭に入っているのに、肝心の額については覚えていないのだ。
 
「うーん。今日中かぁ……」

「嫌だというならば、俺はお前がサイコロを振ることすら認めない。このゲームはなかったことになるし、俺はお前に絶対にお金を貸さない」

「……ああ、分かった。お前がいう条件飲むよ。6が出た場合は、今日中に14万円返すことにするよ」

「条件を飲んでくれたか。よし、なら特別に、3の目が出た時は、2万円貸すのとは別に1万円をお前にあげることにしよう。3が出た場合、お前は3万円手に入れることができる。しかも、1万円についてはタダだ」
 
 決まった。 
 山田がサイコロを振って
 1か5が出た場合、俺が山田に2万円貸す。
 3が出た場合、俺が山田に2万円貸すのとは別に
        1万円山田にあげる。
 2が出た場合、山田が丸坊主になる。
 4が出た場合、山田が死ぬことになる。
 6が出た場合、山田が俺に14万円、俺に返す。  

「恨みっこなしだからな。俺はサイコロを1回しか振らない。結果が分かってから、やっぱりナシなんて言うなよ」
 よく言えるな、そのセリフ。結果分かってから、やっぱりナシって言わなければならない可能性があるのは、お前の方だ。俺は、せいぜい、2万円から3万円なくなるってくらいであって、サイコロをやりなおさなければならない程のことはない。

「お前こそ、恨みっこなしだからな。お前が用意したサイコロで、お前が振るんだからな」

「あーそうだ。ちなみにこのサイコロを使うぜ。結果が出てからイカサマを疑われるのは嫌だから、今のうちに触って確認しておいてくれ。このサイコロは種も仕掛けもない普通のサイコロだってことをな」
 そう言って山田が出したサイコロは、サイコロと聞いたら皆が真っ先に思い浮かべるであろうシンプルなタイプのサイコロであった。種も仕掛けもなさそう。
 そもそも、山田という人間は、あらかじめサイコロに細工しておこうとは考えないはずだ。だらしなくて嘘つきだけど、変に真面目な所があるから、きっとこのサイコロは何の変哲もない普通のサイコロだ。

「オッケー問題ない。サイコロを確認したが気になるところは何もなかった」

「よし、今からサイコロを振る。もちろん俺は3狙いでいくが、奇数が出ればなんだって嬉しい」
 そりゃそうだろうな。お前の目的は、俺からお金を借りることだもんな。

「チャレーンジ イン サイコロー」
 変な掛け声とともに、山田はサイコロを投げた。転がすのではなく投げた。
 床についたサイコロはコロコロと転がって、止まった。

 結果は……
 
 なんだろう山田っていう人間は。どうしてこの6分の1の確率でこの目を出すんだ。ある意味、奇跡だよ。ここでこの目を出せるなんてすげー。
 
 ――山田が振ったサイコロは、俺が一番望んでいなかった目が出ていた。

                  
                   「完」

 
 
 

  

 

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