タイトル なりすまし

 隣の部屋に引っ越してきたという女が挨拶にきた。

「はじめまして。私、隣に引っ越してきたものです。よろしくお願いします橋本さん」

「はじめまして。ここ、橋本さんのお宅ですよね?」

「……佐々木です」
 俺の名前は、佐々木航。橋本さんではない。

「橋本さんて男前なんですね」

「ありがとうございます。ただあの私、佐々木なんですけど?」

「佐々木さんなんですかー」
「でも、橋本さんでもありますよね?」

――橋本という名前に心当たりはある。
 学生時代、同級生とノリで始めたSNSのアカウント名が橋本だった。本気でSNSをやるつもりはなく、名前もテキトーで、当時放送されていたドラマに出ていた女優さんから付けた。
 
 とはいえ、もう10年も前の話だぞ。
 今更、なんでその話を……

「やっと思い出しました? 橋本さん」

「確かに、私は橋本というアカウント名でSNSをしていたとはありますが、投稿したのもほんの数回で」
「……えっ、 そのアカウントが私だと言うことを、なぜあなたが知っているのですか?」

「なぜと言われましても、私くらいのレベルになりますと、これくらいは簡単なことです。ある方法を使えば、ほんの数回の投稿とはいえ分かってしまうんですよ」

 怖い。本当に怖い。
 意味が分からなすぎて怖い。

 今、起きている状況を自分なりに整理してみたが、本当に怖い。
 俺が橋本というアカウントを作ってSNSをしていたことがバレた。それまでは分からなくもない。現代の技術の発展で、何かしら情報となるものが写っていたのかもしれない。
 しかし、何故、今俺がここに住んでいることをこの女性は、分かったんだ? 前のアカウントに、今の住んでいる場所の情報なんて載ってないはずだ。

「あなたが使っていたアカウントなんですけど、現在は私が、運用してるのですよ」

「え? いや、なんで?」

「なんでと言われても、だって面白いじゃないですか〜」
「このアカウントで、何をつぶやくかは私の自由。不祥事を起こした芸能人を叩くことも、過激な発言をして、炎上させることもできます。しかし、私には一切、責任を取る必要がないのですから……」

「は? おかしいでしょ?」

「おかしくありませんよ。発言しているのは私ですが、アカウントを作成したのはあなたですから。この発言はアカウント作成したあなたの責任になります」

「これは、なりすましだ、乗っ取りだ。過激な発言をするしないの前に、あなたは裁かれるべきでしょう?」

「それはどうでしょう?」
「私が乗っ取ったという証拠は出せますか? 私の名前、私のSNSのアカウント名すら知らないあなたがどう対処するというのですか?」

「警察に、警察に連絡すれば」

「さあ、それはどうでしょう。私が相手ならば、それも難しいと思いますよ」

「君は、一体何が目的なんだ? お金か? それとも俺の部屋の中にある何かが欲しいのか?」

「欲しいもの……?」
「別にありませんよ。先程も言ったようにただ楽しんでいるだけなんで」

「楽しんでいるだけ?」

「私ね、これまでの人生、楽しいと思えることなんて1つもなかったんです。だから、幸せそう人を困らせることで楽しもうと思ったんですよ」

「それは、本当の意味で楽しめるとは言えない。誰かを傷付けることで、自分が楽しいと思うのは間違っている」

「えー でもあなたも同じようなことしていたじゃないですか〜?」
「学生時代、同じクラスの地味な女子のことをダメ子とアダ名をつけて、からかったり、罵ったりしていたじゃないですか。転校したその子が、その後どうなったか知ってますか?」

そんな過去がないと言ったら嘘になる。
 俺は、学生時代、何をやってもうまくできない女子の事をダメ子と言ってバカにしていた。
 
「もしかして、お前、ダメ子か?」

「違います。私は奈緒子ではありません。奈緒子ではありませんが、奈緒子に変わりに奈緒子になって、あの時の復讐をしているんですよ」

「待て、あれは俺も悪かったと思っている」
「そうだ、俺は奈緒子の事が好きだったんだよ。学生ならよくある話だ。好きな子にちょっかいだすあれだよ」

「……夏菜子です」

「えっ?」

「夏菜子です。好きだったのなら、名前を間違えるはずないですよね? あなたは、ただ面白がっていただけだ。夏菜子に対しての好意なんて全くなかった」

「いや違う。もう何年も前のことだから、勘違いしていただけで。本当に好きだったんだよ」

「あなたの言葉は信用できません」
「でもよかったです。あなたが全く反省していなくて。これで心置きなく復讐できますから」
「楽しみにしていてくださいね、橋本さん。あなたにも、地獄ってヤツを見せてあげますから」

「たかがSNSと思っていると、痛い目に合いますよ。SNSだけで、人の人生なんて簡単に変えられますから」

 女はそう言うと、スマホに何か文字を打ち込んで、俺の顔を見て笑った。

 世間から俺が叩かれるまで、あと7時間……

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