見出し画像

鏡の向こうは透明


私は、大切なものを鏡の向こう側と交換した。


それは暑い夏の日で、私は伸びた髪をまとめ上げていた。

男子が意地悪をして私の髪をまとめ上げていたキラキラとしたビーズのついた髪留めを池に捨てた。 

ポチャンッ。

鏡のように景色を写していた水面が揺れ、私の髪留めは見えなくなった。

笑う意地悪な男子に、普段なら泣きべそをかきながら立ち向かうところだが、その時の私はそうしなかった。

揺れる水面。鏡のような水面。
髪留めが、違う世界に鏡を通して旅立ったような不思議な気持ちになった。
そして、不思議な気持ちのまま納得した。

『あぁ、水の中は透明だもの。私の髪留めは鏡の水面を通して透明の世界の物と交換されたのね。』

見えるはずのない透明の髪留めが、ジブンの手の中におさまっていた。

透明な髪留めは、先程まで見えていたキラキラしたビーズのものより、うんっと美しく思えた。

それから、私は色々な物を池の鏡を通して交換した。

鉛筆も消しゴムも、お気に入りの靴だって透明な物と交換した。
靴を交換した時、とうとうお母さんに見つかった。

「靴はどうしたの?!」
「どうしたのって…透明な物と交換したの」
「何を言っているの!!また誰かに盗られたの?!」 
「……。」

私と話し終え、慌ただしく何処かに電話するお母さんを横目に見ながら階段を上がる。

自分の部屋の中は、以前よりスッキリしている。
透明の世界の物と交換したからだ。とても美しい透明な時計がチクタク鳴っている。

『どうして、これが解らないの…お母さん大人だからかな?』

お母さんが騒ぐと碌なことが起きない。
次の日の教室は最悪だった。

「誰ですか!!人の物を盗るのは泥棒ですよ!!」

先生の厳しい声に、みんな動けない。
私は机を眺めながら思う。

『誰も盗ってない…私が、透明に交換しただけだもん』

でも、こんな空気でそれを言えるほど私は強くなかった。
もやもやとした空気だけが教室を満たす。

「誰か何か知らないのっ?!」

先生が痺れを切らして言った言葉に

「そいつが……自分で池に捨ててるんだ…」
 
吐き出すような声が答えた。
見ると何時も意地悪な事をしてくる男子だ。

「そんなわけないでしょう!!また、あなたがやったの?!そうなのね?!」

先生はヒステリックに叫ぶ。
私はとうとう我慢が出来なくなった。 

乱暴に立ち上がったせいで椅子が倒れた。
クラスのみんなが私を見た。先生もびっくりした顔でみている。

「先生っ!!私の物は盗られてませんっ!!透明の世界の物と交換しただけですっ!!」

そう叫ぶと、私は教室を飛び出した。

もっとはやくこうするべきだった。


池はいつものように鏡のような水面をたたえていた。

「私も透明になりたい」

私は小さな橋の上から、透明の世界への入り口に向かう。

バシャンっ

水が跳ねる音が響いた。


数十分後には先生がそれを見つけて悲鳴を上げる。
池からは、髪留めや鉛筆、靴や時計が見つかった。

透明な彼女はそれを静かに眺めていた。

《1197字》



素敵な企画に誘われて。
書いてみました。
1200文字におさめる難しさよ。

参加させていただきありがとうございました。
鏡って不思議。

サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。