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【ピリカ文庫】ぜろ曜日のドーナツ

水曜日のラングドシャ。
木曜日のプディング。
金曜日のフルーツポンチ。
土曜日のマドレーヌ。
日曜日のパンナコッタ。
月曜日のみたらし団子。

曜日をすぐ忘れてしまう私に、母がくれた魔法の言葉たち。

「そして、ぜろ曜日のドーナッツ!!」

目の前の鍋にはぷくぷくと美味しそうな色をしたドーナツが浮いている。
さぁ、油からあげて、お砂糖をかけて食べよう。

****

『ドーナツのまんなかはどうしてあいてるの?』

幼い私の視線は、お母さんが持つドーナツの入った箱に釘付けであった。
普段は買ってもらえないカラフルなドーナツが入っているのだ。家に帰って食べるのが楽しみで、足も自然とスキップをしてしまう。
そんな私に、危ないよと声をかけつつ、お母さんはうーんと考えた後に

『まんなかが空いてないと帰ってこられないからじゃない?』

と答えた。

『どこから?』

『おかしの国』
 
小さな私は、やけに納得してふむふむ頷いた。
お母さんはそんな私をにこにことした顔でみていた。

『ちぃちゃんは、おかしが大好きだもんね。きっとおかしの国にも遊びに行けるけれど、必ずドーナツの穴をくぐって帰ってきてね。』

『うん!わかった!』

『約束よ。』

『やくそく!ドーナツのあなくぐるよ!!』

繋いだ手を大きく振って、私達は家路についたのだった。  

***

私はすっかり大人になった。 
どういうわけか、私は曜日や日付を忘れてしまうことがあった。病院にはかかったが原因は不明だそうだ。
あの日、ドーナツを買ってもらった日も、病院に行っていて、良い子にしていたご褒美にと、母が買ってくれたのだ。

今日が何曜日で何日なのか、どうしても解らない。
普段は曜日ごとに当てはめたお菓子を思い出して、何とかやっているのだが、どんなに思い出そうとしても、そのお菓子すら思い出せない日がある。

そんな日を私は「ぜろ曜日」と呼んでいる。
無い日。0の日。ぜろ曜日。
その日は諦めて、この世に存在しない「ぜろ曜日」を楽しむ事に決めている。

「今回は、久々のぜろ曜日だぁ~!」

実は私は「ぜろ曜日」を心待ちにしている。
普段、忘れないでいた日には、その日に当てはめていたお菓子をご褒美に食べる。
しかし、「ぜろ曜日」は0で、何も決まっていないから、私は毎度、好きなようにお菓子を食べる。

「ガトーショコラ、金つば、サブレにタルト、あぁ、蜜豆もいいなぁ」

小さな小さなアパートのキッチンは、甘い香りで満たされていく。
買ってきたもの、作ったもの、様々なお菓子が所狭しと並んで、まるで華やかな舞踏会のようだ。

気がつくと私は、白亜のお城のホールにいて、きらびやかなドレスを着たお菓子の妖精達と楽しくダンスをしている。
甘い香りの彼女達はいつも綺麗でうっとりする。
金平糖の精が粉雪のように繊細な舞を見せてくれることもある。
素敵な王子様がやってきて、一緒に踊ろうと誘ってくれる。
楽しくて、楽しくて、ずっとずっーと居たくなる。

けれど12時の鐘がなる前に、私は帰らなくてはならない。ドーナツの穴をくぐって。

「小麦粉と、お砂糖と…お鍋に油をたっぷり…」

今は焼きドーナツなんてものも流行っているらしいが、やはり、ぜろ曜日のドーナツは油に浮かぶふかふかドーナツがいい。

生地ができたら絞り袋にいれて、さぁ、お菓子の国から帰るための穴をつくらなきゃ!

ジュワワッと音がしてドーナツが揚がる。
それを眺めている間に、不思議と明日が何曜日か思い出す。

「明日は…水曜日のラングドシャ!」

薄くてパリパリとした口溶けのラングドシャを考えると楽しみだ。
時計を見ると0時の5分前。

「今回も楽しかったなぁ…」

目の前のドーナツの穴を見つめ、向こう側にあるかもしれない『おかしの国』を考えて笑う。

『おかしの国』とは、またしばらくサヨウナラだ。
目の前でふかふかしているドーナツを口へ運ぶ。
甘いお砂糖のジャリとっさ、火傷しそうな表面の熱、そして生地からする優しい小麦の香り。

小さな掛け時計の針は12を指し、私の「ぜろ曜日」は今回も終わっていった。

***

『お帰り、ちぃちゃん』

気がつくと目の前の皿はにはドーナツを食べたであろうカスだけが残っていた。

『おかしの国で遊んだよ!』

『楽しかった?』

『うんっ!とってもたのしかったぁ』

『よかったね』

『ちゃんとね、ドーナツのあなをくぐったよ!』

『えらい、えらい』

お母さんはそう言って、お皿をかたした。
小さな私は約束した通り、ドーナツの穴をくぐって帰って来た。
気がついたらドーナツは無くなってしまっていたけれど、『おかしの国』で美味しいお菓子をたくさん食べたから気にならなかった。

『また行きたいなぁ』

****

「また行きたいなぁ」

紅茶を飲みながら、私はそう呟いた。
小さい頃にも同じように言っていた気がする。
昨日の夢のような時間は過ぎ去って、
すっかり朝になっている。
今日は水曜日だ。
お花屋さんに行って、その後どうしようかな。

「次のぜろ曜日の為にも、少し運動しようかな?」

そうして、私は出かけるための鞄と帽子をとりに立ち上がった。

《2046 字》


*あとがき*


【ピリカ文庫】お誘いのメールに、びっくりしました。そして、嬉しかったです。有難うございます。
お題を直接頂いてショートショート(私的には一場面物語)を書くことは、少し緊張しました。(いつも思いついた先から好き勝手書いている)

ピリカ文庫におさめられている他の方の作品って、もっと大人っぽいような気がする……と、思いつつ「ドーナツ」という食べ物の「可愛らしさ」「夢のある感じ」を私の頭の中でコネコネして揚げました。(これ書いてて、ドーナツ買いにいこうか悩んでる)

今回、お題を頂いてすぐ、ドーナツについて少し調べました。ドーナツとドーナッツあるけどどっちが正しいの?とか、ドーナツの穴はなんであるの?とか。

結果、ドーナツもドーナッツも正しいんだとか、『ドーナツの穴を売ってはならない』というユーモアあふれる法律があることを知れました。(穴は揚げやすいからみたいな理由らしい)

とにかく楽しく書きました!!
文章力は…うふふ…うふふふ…
それでも、画面の前の貴方のクリエイティブな心の中できっと甘くてふかふかのドーナツ達が生まれているだろうと、想像します。

皆様の想像力の燃料に、ほんの少しでもなれれば幸いです。
読んでくれて有難う。

サポート設定出来てるのかしら?出来ていたとして、サポートしてもらえたら、明日も生きていけると思います。その明日に何かをつくりたいなぁ。