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新セカイ系【紅殻のパンドラ】
Q. 攻殻機動隊をオススメされたので、とりあえずなんか新しそうなやつを見てみました!合ってますか?
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A. 🤔
攻殻の系譜
『紅殻のパンドラ』は士郎正宗原案、攻殻機動隊の設定を引き継いだ、ちゃんとした攻殻シリーズの作品である。ストーリーもそれなりにシリアスで、電脳黎明期において、全身義体の少女「七転福音(ネネ)」と戦闘用アンドロイド「クラリオン」が巨大兵器ブエルを巡る陰謀に立ち向かうというものだ。『#8 大火災 -インフェルノ-』『#9 基地強襲 -アサルト-』辺りのサブタイトルを見てもらえば、意外と物騒な事態が発展しているとわかっていただけるはずだ。
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『紅殻』は一見するとゆる〜い萌えアニメにしか見えない。キャラデザも美少女だし、しかもめちゃくちゃ崩して描かれる。特にクラりんに関しては、球体関節がメカメカしかったりはするが、とても戦闘用アンドロイドには見えない(猫耳メイドだし)。ストーリーとしても、米帝軍大佐の暗躍で大破壊が生じてはいるのだが、どうも空気がゆるゆるで百合百合なので(いい意味で)緊張感がない。
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と「かんたんクラりん」
しかし、萌えとSFの融合したデザインこそ、攻殻機動隊の根幹的な思想の実践そのものではなかろうか。第一話アバンで、主人公の福音(ねね)はアンドロイドと間違えられるが、自分は全身義体の人間だと釈明する。あるいは、福音はメンテナンス目的で病院に通っているが、一般市民や義肢着用者、あるいはクラリオンらアンドロイドと同様に扱われる。共同体において主人公たちは異質な存在として描かれることはない。すなわち、人と機械の明確な境界が消失しつつある。
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まぁこの辺の話はすごくいいテキストがあるのでそっちを読んだ方がいいです。
情報の海に還る
みんな空っぽだから動けないの
でも、みんな「帰りたい」って言ってるから
本作において「帰る場所」のモチーフは複数回にわたって登場する。『#4 料理の鉄人 -キッチン・ドラッジ-』『#6 魂魄 -セントラル・ナーバス・ユニット-』において登場する被災者キャンプについてはわかりやすく、人間にとっての共同体として機能していることがわかる。
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第7話においてはアンドロイドにとっての帰る場所という概念が提示される。果たして、彼らはどこに帰ろうとしているのだろうか。アンドロイドもまたネットワーク、もとい「情報の海」へ帰ろうとしていると私は考察する。
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海というモチーフは、第一話アバンにおいて船上で出会う福音とクラリオンが描かれたように、土地と土地、人と人とが繋がる空間である。第七話において盗難されたアンドロイドたちは、砂漠地帯の薄暗い倉庫に収納されていた。砂漠というのはもちろん世界と繋がる母なる海(≒セナンクル島)と対比的に、孤立し枯れた空間だ。
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における電脳世界
また、暗い場所に閉じ込められる、というとブエルの扱われようが思い出されるだろう。人が共同体を求めるように、アンドロイドも光(≒ネットワーク)を求めている。私たちは同様に他者との関係性へと回帰していく。
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スケベなのでよく閉じ込められている
セカイ平和
本作の大目標は「世界平和」だ。そして、世界平和を夢見る主人公の福音(ネネ)は元々見知らぬ人を放っておけない善良な少女であり、ヒーローとして十分な資質を備えているように思える。しかし、本作は彼女をクラリオンと巡り逢わせた。この出会いは福音に何をもたらしたのだろう。
愛するきみの微笑みの中
幸せはそこにしかない
この歌詞からは否応なくセカイ系、すなわち"きみ"と"ぼく"のみからなる閉鎖的な価値観を想起させられる。そして、本編を通じて福音が得たのも"クラリオンを護る"という視点であり、一見すると極めて閉鎖的なものだ。しかし、本作はあくまで世界へと開いていくための"きみ"の必要性を説いている。
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海と空、そして宇宙は同様のモチーフである
世界と繋がっていくためには、介在するものが必要だ。広大なインターネットの海には小さなウェブサイトが孤独に存在しており、かつては「直打ち」でしかアクセス出来なかった。しかし現在、私たちはgoogleやbing(?)といった検索エンジンを介することで無数の未知なるサイトにアクセスできる。あるいは空路においても、ハブ空港を拠点とすることで物流はよりスムーズになった。何かを介することで、私たちは爆発的に世界と繋がっていくことができる。
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世界においてもそうだ。世界平和という曖昧で膨大な問題にアクセスするために、まずは目の前の"きみ"を笑顔にすることから始める。もちろん"きみ"を護ることもそうだし、"きみ"にとっての"きみ"の笑顔を護ることも大切だ。眼前の他者を介在して、希望は網状に広がっていく。
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ずっと一緒にいたけど
やっぱり私は私、クラりんはクラりん
2人は別々だし、考えていることも違う
私たちは身体感覚を克服できない。あくまで"ぼく"は生物学的個体の範疇にとどまらざるを得ず、"きみ"と融合することはできない。"ぼく"と"きみ"とは並列の存在として絶対的に隔絶されている。しかしそれ故に"きみ"の絶望に対して、"ぼく"は呑み込まれることのない希望として存在できる。
絶望は宇宙に溶けた
希望は気にせず笑った
ぼくがいる きみがいる それでいいんだ
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パンドラは希望を残した
誰かの親切、インフラ、過去の叡智、母から授かった身体、後天的に授かった全身義体、神の福音、エトセトラ。人はみな他者から与えられたもので生きている。そして、与えあうことこそ群としての人間/アンドロイドにとっての生存戦略なのだ。
だから、今度は私の番
私もクラりんのために頑張りたい
生命の本質が人間的な「ゆらぎ」だとするならば、そして生きることが喜びであるなら、他者に与えられることは喜びである。あるいはコンピュータ的な「情報」が生命の本質ならば、他者に与え根付いていくことは喜びである。ゆらぎつづける情報生命体として他者と共生し与えあう喜び、これこそが私たちの授かった神の福音なのだろう。
追記
厳密ではないし新規性も薄いしで
正直そんなに公開する気なかったんですけど
次見るアニメの前提として「殻」「ゆらぎ」
あたりの概念が有用そうなので置いときます
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